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七十二候

第16章 梅子黄(うめのみきばむ)


 家の近所の地域猫が2匹、雨なのに外を平然と歩いている。雨など物ともせず、2匹寄り添って。濡れても平気なのか。家猫と違い過酷な環境に身を置くと雨くらい何ともないのか。それとも、2匹一緒だから大丈夫なのか。
 こんな小さな生き物なのに、逞しいな。と思いながら今日も仕事へ向かう。いや先日のグランドキャニオンに比べたら私はミジンコなんだけど。
 合間合間に発生する公演と学生へのレッスン。エキストラでの演奏会出演。動画サイトへの投稿。最近はクラシックや現代曲だけではく、視聴者の間口を広めるためにポップスも演奏している。
 そして、先日音楽コンクールへの参加を正式に表明した。
 4月には詳細は発表されていて、課題曲については既に目を通してはいたが、ようや出場への決心をした。今日の夜は高校・大学時代の師匠である秋田先生に話をしにいく。再びレッスンの日々が始まるのた。
 コンクールは辛く厳しい。孤独との闘い。追い詰められて食事が喉を通らなくなる。私の経験上、いつもそうだった。高校や大学のときに出場したコンクールも辛かった。
「それでもなぜ参加するの?」と先生に聞かれたが、以前だったら「自分の実力を知るため」とかそんなことが理由だったろう。だけど、今は違う。
「仕事として音楽をやるからです」と先生に答えた。
「認められることは嬉しいし、自分の努力の結果が順位として明確になることは自分の実力を知る機会になります。だけど、それだけじゃないんです。コンクールの結果は“私はこういうものです”という名刺になるんです。上にいけばいくほど高い壁がある。けど、自分の技術を磨いていくことをやめたらプロとして生きていけないですから」
 もちろん、音楽に勝ち負けはない。私の音楽を好きになってもらうことが最終目標だ。だからこそコンクールに挑戦せずにはいられないんだ。
「頑張ろう。ただし、仕事をしながらになる。身体が資本であることを頭にいれようね」
 先生から釘を刺される。私はご飯は好きだが何かに夢中になると疎かになる癖があった。
「はい。気を付けます。よろしくお願いいたします」
 私は深々と頭を下げ、気持ちを新たに先生の自宅を後にした。
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