第13章 麦秋至(むぎのときいたる)
「萌、実家?」
久しぶりの徹の姿が私のスマホに移った。2か月前と変わりない様子。シンプルな長袖のTシャツ姿。5月のサンフアンは秋になったところ。
「正解! 今日の公演後はそのまま実家に来てるんだ」
「えーいいなー。公演どうだった?」
「うん、個人的には頑張ったよ。あと、徹のお母さんも聴いてくれたんだよ。さっきご挨拶へ徹の家に行ったんだけど、相変わらずのパワーだった」
「そっかそっか。うちのお母ちゃんも相変わらずで……」
徹は頭をかいた。徹はお母さんにも、そしてお姉さんにも頭が上がらないのは昔から変わっていなそうだ。
「たまには連絡してあげなよー。そろそろ怒られるよ。さて。徹くん。」
「……その衣装と楽器、さっきから気になってたんだけど、もしかして?」
「ふふ。今日はね、徹に聴いてもらいたくて。私のプロ一号目のソロリサイタル」
「ええ……嬉しいんだけど……泣きそう」
「泣くのは演奏を聴いてからにしてよ」
冗談をいいつつ、私は少し緊張している。オーディションのときよりも緊張していた。
演奏するのは、伴奏音源付きのポップスをいくつか。そして、先日録音をしたあの曲も、まゆの伴奏音源で演奏しようと思っていた。
ピアノがない場合にすぐに演奏できるような持ちネタが少ないことを反省した。私が持っているのはクラシックや技巧的な現代曲ばかりなのだ。
「では、開演します」
電波に乗ってアルゼンチンへ送られていくうちに、今演奏している空気感が壊れてしまわないか、若干心配ではあった。私はできる限り、持っている音色と表現の引き出しを広げる。歌謡曲だから歌詞がある。歌詞の解釈を壊さないように、フランスで学んだことを活かせるように演奏した。
徹はソファーに姿勢を正して聴いてくれた。ずっと一点を見て。
やがて大きな拍手が贈られる。
「すごい!! めっちゃ感動した。生演奏ではないとはいえ、今までと違うの分かるよ。プロになったんだな……」
「わっ本当に泣かないでよ! こっちまで……」
私もつい目頭が熱くなる。まさか泣いてくれるなんて。
「……プロになったよ。徹にはまだ及ばないけど、プロの始発点には来れたよ」
「うん……俺がソロリサイタルのお客さん1号でうれしい」
「お粗末様でした。ありがとうございました」