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七十二候

第85章 及川編#10


 優勝から2週間くらい経って落ち着いた頃、萌から手紙が届いた。こんな時代に答えを手紙にするとは、と思ったけど、形に残したかったのかな。粋な計らいだ。
 俺は姿勢を正してソファーに腰かけた。きゅっと身体が硬くなるのが分かった。心臓の鼓動が聞き取れるほどうるさかった。
「どんなことが書いてあっても、受け入れるんだ……」
願わくば、二人で生きていく方法を模索するチャンスが欲しい。

 白い上質な便箋に紡がれた丁寧で気持ちの籠った手紙。
俺は萌からの手紙に涙が止まらなくなった。
『七十二候』という萌の作曲した曲と共に俺に贈られたメッセージ。アップロードページをQRコードにして一緒に送ってくれたものだった。
 萌の曲を聴きながら、何度も手紙を読み返した。

「“音楽があなたの人生の重荷を振り払い、あなたが他の人と幸せを分かち合う助けとなるように”
私はこれからも音楽と共存します。でも、それは徹の隣でないと意味がないのだと気が付きました。これからは徹の隣で同じ夢を見たい。そして、私の夢も一緒に見て欲しいです」

 萌は、俺と一緒に歩むことを決めてくれた。この上ない喜びに、声を出して泣いた。

 七十二候を聴くと、自然と思い出とその時の季節が思い浮かんだ。萌はいつから思い出とそのときの季節がリンクすると感じていたんだろう。

 物心ついた頃には萌と知り合いになっていた。だから出会いが幼稚園なのか近所の公園なのか、どうだったのかは覚えていないけど、一緒に外で遊んだときに蝉の抜け殻を拾って萌にくっつけて泣かせた小3の夏の日。そのあとバチが当たって俺が擦り傷を作ったら、萌は泣きながらも絆創膏を貼ってくれた。
 仙台に珍しく雪が降った小4の冬の日は俺の家でいっしょに雪だるまを作ったり、こたつに入ってみかんを食べて、みかんの汁を萌に飛ばして遊んだ。
 バレーボールで一緒に遊んだ小4の春休み。萌にスパイクを打ってドヤ顔決めたっけ……。そのあと母ちゃんにめちゃくちゃ怒られたな。なんか全部大人げない思い出ばかりだな……。
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