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七十二候

第85章 及川編#10


 それから、5年生のときの6月。萌のピアノの発表会で萌が来ていたドレスが可愛くてドキドキしてしまったこと。それは初恋を自覚した日。それから、萌にどう接すればいいのか分からなくて、やたら格好つけたりしたっけ。
 それから、高校3年生のときのこと。そして2019年から今までの1年間。たくさんの人生の選択をしなくてはならなかった、悲喜こもごもの思い出。
 だけど、そんな辛いときも、嬉しいときも、楽しいときも、悲しいときも、全部萌がいた。

 萌が勇気を出して、挑戦することを、俺と一緒に将来を歩んでくれることを選んでくれた。
 俺は手紙の返信を書くことよりも先に、スーツケースを取り出して荷物を詰め込み始めた。
 早く萌に会いたかった。
木曜日は池袋にいるのは分かっている。萌に伝えに行こう。俺の気持ちを。

 飛行機に乗っている間もずっと七二候を聴いていた。七二候の72種類に分けられた季節の名前の意味をひとつひとつ調べた。
 細かく分けることができるくらいに、季節は複雑だ。小さな変化を繰り返して季節は移ろい、1年が過ぎていく。それは人の営みと同じだ。
 萌の曲は綺麗な旋律もあれば、複雑な音符と和音が重なる部分、重たく苦しい部分もある。情景というよりも人によっていろんな捉え方のできる曲だと思った。
 萌は、どんなことを感じてた?どうしてこういう表現にしたの?いろんなことを萌と話したかった。
 空港に到着し、時差ボケも体調も酷い中真っすぐに銀座へ行き、婚約指輪を買いに行った。指輪のサイズはもう分かっていたから。何を買うかももうずっと前から妄想していた。

 今から萌に会いに行くよ。また泣かせちゃうかな。喜んでくれるかな。
 これから、一緒にもっとたくさんの季節を一緒に生きていきたい。アルゼンチンは日本とは逆の季節だけど、それも面白いよね?サンフアンは本当に何もないところだけど、一緒に楽しみを見つけていけたら幸せだろうな。
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