• テキストサイズ

七十二候

第85章 及川編#10


 俺は萌の言葉を遮って、話す。次々と言葉が勝手に出てきて止められなかった。
「日本で仲間ができて、伴奏者の彼みたいなに尊敬できる人が傍にいて。日本でも十分やっていけるのに、無理に移住を勧めることはできない。12月のリサイタルを聴いて、確信したんだ」
「待って……海外に挑戦しないなんて言ってない……私はまだ自分の実力が分からなくて、今の環境を精一杯頑張ろうとして……」
「フランスで入賞できる力があるのに、何を怖がってるの? 萌は自分を信じなさすぎるよ」
 萌が息を呑んだのが分かった。図星だったろう?俺が萌にできる最後のアドバイスだ。
 萌は言葉を失い、まるで時が止まったようだった。

「……徹は、本当は私にどうして欲しい? 遠慮とか抜きにして、本音が聞きたいの」
 そんなことを聞いて、どうするんだ。
「……そばにいて欲しい。でも、無理だ」
「そっか。うん、本音が聞けてよかった……。私は、徹に肩を並べるくらいに胸を張れるプロになりたい。そしてずっと傍にいたい。これは今も揺るがないよ。本当に待たせてごめんね。だから……だから、しばらく連絡とるのをやめる」
「萌……」
「徹のシーズンが終わるまで。いいかな? それまでに私、答えを出すよ」

 この日に決着はつかなかった。だけど、ついに長かった猶予期間に期日が設定された。
 俺も承諾し、気持ちが少し楽になった。
 もう大丈夫。萌がどんな答えを出したとしても、受け入れられる。
 だから、残りのシーズン、やり遂げてみせる。


 気持ちが吹っ切れたおかげで、徐々に調子を取り戻した。
 その後萌とは連絡は取らず、萌のSNSや動画も一切見なかった。だから、自分自身と向き合えた。
「萌がいなくても、大丈夫」そう言い聞かせていた。

 このことは岩ちゃんにも話した。
「二人の問題だから俺は口出ししねぇけどよ、お前たちがひとりで生きていくことになったとしても、俺はお前たちの幼馴染だ。ずっとな」
「俺たち3人は幼馴染。そうだね。これからもその事実は変わらないし、幼馴染でいたいよ」
/ 234ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp