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七十二候

第9章 蚯蚓出(みみずいづる)


 徹が彼女と付き合い始めてから、すぐに私にも春らしいものが来た。違うクラスの男の子。話したこともなかったけど、ある日授業を終えて部活に向かおうとしたとき、突然廊下で呼び止められた。
「雨宮さん。今度俺と出かけない?」
 ドキリとした。一瞬、何が起こっているのか分からなかった。
「わ、私?」
「うん。前から気になってて」
 ストレートに伝えられる言葉。よく見ると見た目も悪くないし、誠実そうに見える。
 私は現状を変えたくて、つい言ってしまった。
「いいよ」

 その様子を徹は目ざとく見ていた。その日、居残り練習を早めに終えて帰ろうとすると、下駄箱には今度は徹がいた。なんで会いたくない日にいるんだろう。なんだか真顔だし機嫌も悪そうだし。
「……お疲れ。どうしたの? 岩ちゃんは?」
「岩ちゃんは置いてきた。マッキーたちに片付けは任せた」
 どっかで聞いたセリフだ。
「そっか。えっと……一緒に帰る?」と一応聞く。
「うん」

 しばらく気まずい沈黙が続いたが、徹がようやく口を開く。
「萌。放課後、話しかけられてたのを見たんだけど、あれ何?」
 ああ、見られていたか。私は徹とは視線を合わせずに足元を見ながら返事をした。徹のスニーカー、新しいやつだなーと思いながら。
「今度の日曜、デートに誘われたの」
「えっ?」
 徹は明らかに驚いてというか、狼狽えていた。だって声が裏返ったから。
「え?好きなの?本気?」
「知らない人だけど。一緒に出かけてみて見えてくる部分もあるかなーって」
「そうかもしれないけど……男と出かけるって意味分かってる?」
 私はムッとした。
「徹だって彼女と出かけてるんでしょ? それと同じだよ。私だって青春を謳歌したいんだよ。ほっといて」
「いいや、萌は分かってないね!」
「なんでよ!?」
 私は徹を見上げて睨む。徹は私が見上げているのに気が付いて、私を見下ろした。
「萌はお子様だからね」
 徹が私をバカにする。とはいえ、眉尻が下がっていて、まるで困っているようだ。
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