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七十二候

第9章 蚯蚓出(みみずいづる)


 岩ちゃんから電話がかかってきたのは朝9時。今日の練習は午後からなので、午前は自宅で中学生への指導の組み立て方について頭を悩ませていた。
「もしもし、岩ちゃん?」
「萌、久しぶりだな。おはよう、かな。どうだ、最近は」
 岩ちゃんの声を久しぶりに聞けて、ほっとする。
「ありがたいことに、こんな新米なのにそれなりに忙しいんだよね。岩ちゃんは?」
「言語に苦労するけど、どうにか頑張ってるよ。牛島の父ちゃんの空井さん、教え方も上手くてやっぱりすげぇんだよ」
「そうなんだ! 安心したよ。私も教え方のコツ、知りたいな。実は学生さんのトレーナーをやることになってね」
 私は状況を説明した。私のクラリネットの師匠はユーモアの塊のような人で、子どもたちにも人気だ。だからそういった指導を参考にすれば良いものの、私は特に面白い人ではない。今後は人に分かりやすく教えるためにも、話す技術も必要そうだ……。

「そうか。そういう仕事もあるんだな。俺でよければ空井さんの教え方で感じたことををノートにまとめてあるから、後で送るよ」
「わーありがとう! 忙しいのにありがとね」
「ところで、及川とはどうなんだ?」
 おお……いつも状況確認をしてくれる岩ちゃん。お父さんか。
「えっと、こないだ楽団の合格報告とか飛雄くんのCMの話をして以来、あんまり連絡とってなかった。忙しくて……」
「え? お前ら付き合ってるんだろ? 俺と電話してる場合?」
「やー、滅相もない……徹は元気かな」
「あいつ、俺と連絡するときは萌のことをめっちゃ聞いてくるんだけど、お前らなんなの? 俺を通さないとダメなの? 中学生なの?」
「返す言葉もありません……。そうなんだ。気にしてくれてたんだね。」
 正論で恥ずかしかった。本当に子どもだ。片思い中の中学生と何ら変わらない。
「徹との接し方、留学してから……徹が帰化してから掴めてない。もちろん変わらず好きなんだけどね。私のことをどう思っているのか分からなくて」
「まったく。だからそういうのは、二人で話し合えよな。ちょっと思い出したんだけど、萌が他の男と付き合いそうになったときも、ずっとあいつに相談されてたんだぞ。俺の身になれ」
「あはは。岩ちゃんは苦労人だね」
「笑うなよ!」
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