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七十二候

第84章 及川編#9


 あれからずっと萌に日本でそのまま活躍してもらうことが良いのか考えていた。どうしたって、やっぱり頭の中ではひとつの答えが渦巻いていた。
 そんな状況に比例して、俺は調子を落とした。

「トオル、最近どうしちゃったの?」
 カミラだ。最近、頻繁に連絡をよこしてくる。
「ちょっと調子が悪くて。でも、どうにかするよ」
 調子が悪いときは、できればそっとしておいて欲しい。原因は明らかだし、今結論を出そうとしているところなのに。
「私にできることはない? 食事でもどうかしら?」
「ごめん、彼女を心配させることはしたくないから」

 とは言ったものの、カミラは強引にやって来た。練習が終わるまで体育館の外で俺を待っていたのだ。
 ある日は体育館の裏に隠れたり、別の出口から逃げるように帰ったりもしたけど、それでもカミラはやって来た。これは逃げていても埒が明かないなと音を上げた。
「ようやく会えた! 話を聞くには、無理やり連れ出さないとと思ったの」
 カミラがいたずらっ子っぽく笑った。チームメイトたちは俺に野次を飛ばす。
「女の誘いを断ったら男が廃るそ~」
「俺、彼女いるんだってば……」

 体育館近くのカフェで話をすることにした。
「何か、悩んでるんじゃないの?」
「鋭いねぇ。ちょっと、彼女のことでね」
 アイスコーヒーを飲みながらカミラは俺を見つめる。
「彼女とどうしたいの?」
「こっちに来て欲しい。一緒に暮らしたい。ただ、彼女の音楽をする環境が日本に整い過ぎているし、今とっても楽しそうなんだ。彼女は俺と将来のことをずっと悩んでるけど、あんまり悩ませたくないなとも思っている」
「トオルが日本に帰ることは?」
「帰化するくらいの覚悟でここに来たからなぁ……」
「じゃあ、彼女がアルゼンチンに来るしかないのね。トオル。私ならずっと一緒にいてあげられるのに」
 やっぱりそういうことか……。ありがたい申し出だけど、長年一途に想い続けているくらいに萌のことは愛している。今も、これからも。
「ありがとう。でも、彼女のことを愛しているから」
「……そう。クリスマスのお誘いもしたかったけど、無理そうね」
 カミラが伏し目がちに言った。ちょっと残念そうだった。
「うん、チームメイトの実家にお邪魔することになっているんだ」
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