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七十二候

第84章 及川編#9


 チームやバレーの話はあまりせず、お互いの経歴を話した。カミラは地元の大学を出てテレビ局に就職したそうで、兄もプロにはならなかったもののバレーボールをしていたそうで、カミラは兄の影響でバレーボールが好きだと言っていた。
 その帰り、カミラを送って帰ることになったが、彼女はものすごく積極的だった。
「11日、空いてる? 一緒に出かけない?」
「その日は彼女のリサイタルなんだ」
「日本にいる音楽家の彼女ね。長い間遠距離恋愛って信じられない。すごい精神力ね……」
「はは。でも、好きだからしょうがないよ」
「そう」
 カミラはしたたかに、にこっと笑った。萌とのことはチームメイトにも驚かれることだし、遠距離恋愛について何を言われても別に気にはしない。
 カミラはきっと俺に興味がある。あまり期待させてはならないし、萌を不安にさせてはならない。今後は取材以外では関わらないようにしようと思った。

 萌のリサイタルの日、俺はライブ配信を聴くべく朝から待機していた。
「リサイタルの開催おめでとう! 朝からPC前にスタンバってるよ。リサイタル楽しんでね」
「ありがとう! 私も今からわくわくしているよ。頑張るね」
 小さめだけど素敵なホールだ。お客さんは満席だと言っていた。萌のことを注目している人たちがたくさん来場しているんだと思うと誇らしかった。
 開演時間になり、萌はマエダクンと入場する。けっこうイケメンじゃないか。ピアノが上手い上にイケメン……今の萌にとって一番身近な存在はきっと彼だ。
 緊張の1曲目が終わり、萌がMCを入れる。今日も完璧な演奏だった。
「2曲目はドイツのクラリネット奏者で作曲家でもある方の曲。クラリネット奏者が作曲したのにクラリネット奏者に優しくない超絶技巧の曲です。まず最初の音が衝撃的。一度に4つの音を出す奏法である重音から始まります。曲名はファンタジーと絵本のようでとても可愛らしいけど、まったく可愛くない曲です」
 驚いた。ど真面目な萌がこんなことを言うのか。まるでベテランのような振る舞い。お客さんをリラックスさせようとしているんだなと思う。
 確かに、曲名の可愛らしさから想像できないえげつない曲だった。それもまた面白かった。まさに自由自在。遊び心のある演奏だった。
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