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七十二候

第84章 及川編#9


「え? 何突然褒めて。俺は無鉄砲に飛び出した身だから、そこまで慎重に考えてなかったよ」
 ――まだ、力が足りない?
 なんでそこまで慎重になるのだろう。
「私は慎重派だからさ、もう少し実力をつけてから考えたいな。海外で活動するなら、吹奏楽やアンサンブルだけじゃなくて、ソリストとしても力をつけなきゃ」
「フランスでもちゃんと成果を出したのにずいぶん慎重だね。気がついたらおばあちゃんになってるかもよ?」
「それはやだな……」
「萌のペースでいいと思うけど、俺は俺で進んでしまうかもよ?」
「……追いつくから。絶対」

 そもそも、萌はどうしたいのかも自分の中でまとまっていない。それは日本で大切にしているものがあるからなのか。
 突然、マエダクンのことが過る。
 萌を幸せにできる可能性がある男。
 それは、音楽と同じくらい大切なものなのだろうか。俺の頭の中で黒いもやがかかったまま消えてはくれなかった。

 それから、萌はリサイタルの練習を本格的に始めていて、マエダクンとの接触が多くなった。
 練習帰り、マエダクンにご飯をご馳走になったらしい。
「うん、分かるよ? 練習後はご飯ってなるのも分かるけど、気をつけてよね?」
「うん、普通に食べて解散したよ」
「奢られた?」
「うん、コンクールのお祝いってことで……」
「そうか……いらない心配ならいいだけど」
「これからも伴奏をお願いすることになる仕事仲間だから大丈夫だよ」
 そうは言っても、俺にはわかる。絶対マエダクンは萌に好意がある。

 そんなときだ。チームにテレビ取材が入り、地元の女性アナウンサーと知り合うことになった。突然、食事に誘われたのだ。
「トオル! 私と食事にいかない?」
「チームメイトも一緒なら、いいよ」
 彼女はカミラといい、俺と同い年というのもあり意気投合した。背が高く、アルゼンチンでは美しいと言われるスタイルの持ち主で、イタリア系の彫の深い美人な人だ。
 練習後に、チームメイト2人とカミラの4人で食事をすることになった。
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