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七十二候

第83章 及川編#8


「えー? なんで迷うの? 数少ないチャンスだよ。俺ならやる」
「そっか、徹はすごいね。中途半端になって迷惑かけるのは嫌だし迷うよ」
 萌はなぜか自分を低く見積もる。俺にはそれが分からなかった。いや、気持ちは分かるけど、行動しないことには何も始まらないし見えてこない。これは自分の経験則だ。
 萌は一生懸命取り組むと決めたものはとことん頑張るけど、決心をすることに時間をかける人だ。だから、今もこうして萌の答えを待っているわけだけど。
 しかし、アンサンブル団体に入ったとなると、また日本から離れられなくなる。それでも、萌の音楽を必要としている人がいるのであれば、萌は手を差し伸べるべきだ。

「咲ける奴は咲くべきタイミングを読まずに咲けるんだよ」
 十月桜を見た萌の言った言葉が反芻する。
 萌を自由に咲けるようにしてあげたい……。
 そんなことを思うようになった俺は、萌につい言ってしまった。
「俺の選んだ道、間違ってないよね? 自信を持って間違えてないと言いたいけど、たまに後ろ向きなときもあって、気持ちが揺らぐ」
 アルゼンチンに渡ったことは後悔していないけど、本当に正しかったのだろうか。萌を不幸にしていないだろうか。
 別れないと言ってくれた萌の言葉に甘えてよかったのか。そんなことをずっと考えていた。
「気持ちが揺らぐって……辛いことあるんでしょ? 私に言えないこと?」
「いや……俺、思った以上に萌のことを大切に想っているからかも」
「え……?」
 さすがに、傍にいて欲しいと伝わっただろうか。
「あ、いや、俺が決めたことだし、バレーのために選んだ道は間違ってないと信じているよ? でも、たまに後ろ向きになることもあるっていうか……」
「うん……私も、徹と将来どうなっているのか見えなくて不安なことはあるよ。私が徹にすがっているとはいえ……」
「……そっか……」
 萌は、まだ俺との将来の答えは見つけていないようだった。だけど、ずっと考えていたんだな。
「でも、これは私も私で決めた道だから。まずは目の前に迫っているコンクールを頑張る。最近はちゃんと栄養を考えてご飯を食べてるから、身体の調子がいいんだよね」
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