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七十二候

第83章 及川編#8


「おめでとう! 今の萌なら問題ないと思ってたよ。次も大丈夫! 今日はゆっくり休んでね」
「ありがとう! 徹にたくさん励まされたからね。本選の演奏順は最後から2番目で、いい演奏順を勝ち取ったよ。徹もシーズンもうすぐだね。頑張れ!」
 萌に応援される。いよいよ俺の戦いがはじまる。アルゼンチンは5月に開催されたネーションズリーグでまた世界ランクを上げた。2年後のオリンピックでは、そんなアルゼンチンで代表セッターに選ばれなくてはならないんだ。

 だけど、何事も上手くいくことはなく、勝つ日もあれば、負ける日もあった。
 そんな日、いつものように萌と連絡を取り合った日のこと。
「今日はいきなり負けちゃったよー。リサイタルの合わせはどうだった?」
「お疲れ様。そうだったんだね。残念だったね。リサイタルの合わせは、前田くんと初顔合わせだったけど、いい人そうで安心したところ。音楽に真剣な方で尊敬しちゃう」

 マエダクン。かなりの実力者で、萌が尊敬すると話していた男だ。どんな人かは知らないけど、萌はマエダクンとの練習はずいぶんと楽しいようだった。
「そうなんだね! 尊敬できる人と演奏できるのは幸せだね。萌にとってかなりプラスになるし、本当にそういう人がそばにいてよかった」
 半分本音で、半分は嫉妬のような気持ちだった。

  萌はすかさず「ほんと?」と聞いた。こういう時だけなぜか鋭い。
「萌、ごめん、他意はないんだ。本当によかったな、と思っただけだよ。しかし萌はすごいね。プロになってからすっごい活躍していって毎日進化してる感じがする」
 俺は慌てて電話で弁明した。
「そっか。ありがとう。でも私の尊敬する人はアルゼンチンにもいるから。その辺忘れないでね」
「へぇ~奇遇。俺もアルゼンチンに住んでる」
「ちょっと!」
 萌が尊敬している俺という人間は、色眼鏡で見えている俺だ。まだまだできないことが多い俺だ。
 少し、苦しかった。

「徹。私さ、たくさんのことを両立できるほど器用ではないんだけど、アンサンブルの団体を作ろうと言われたんだ。今、迷ってる」
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