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七十二候

第83章 及川編#8


「はは。元気出る。めっちゃ出る。ありがとう」
 萌にとっては、俺は尊敬の対象らしい。でもね、萌。そんなことないんだ。俺にとって尊敬の対象は萌なんだから。

 9月、シーズン開始に向けてひたすらに練習をしていく日々。そんなある日萌から「風邪をひいた」とメッセージが届いた。
 萌の体調不良はいつも何の前触れもなく、突然だ。メッセージに気がつくのが少し遅れてしまったので、慌てて電話をかけた。
「萌? 大丈夫? 熱何度?」
「さっき病院から帰ってきて、ただの風邪だったよ。39度近くまで上がってるけど大丈夫。ただ、寒いな」
 萌の声が枯れていた。喋るのも辛そうにしている。
「そうか……近くで看病してあげたいけど、ごめんね」
「ううん。気にしないで。お互い様。電話くれただけで嬉しい」
 遠距離恋愛をしていると、弱ったときに助けてあげられないもどかしさを、これまでに幾度となく痛感してきた。だけど、それも覚悟の上で俺たちは付き合っている。
「うん……ご飯は?」
「さっき買ってきたから大丈夫。薬を飲む前に食べることにするよ」
「うん、そうして。他にして欲しいことある?」
「ううん、大丈夫。もう夜遅いでしょ? ありがとうね。また連絡するね」
 覚悟の上で俺たちは付き合っているけど……それでもそばにいて苦しみを和らげてあげたかった。助けてあげたかった。
 だけど、萌はそんな俺の気持ちはお構いなしに、自分ひとりでどうにかしていく。真っ直ぐ前に進んでいく頼もしさがある。俺よりもうんと小さな身体でどこからそんなパワーが出るのだろうか。
 俺が萌を欲しているのは、そんな萌の力が欲しかったからでもあった。そばにいるだけで力が湧いてくるような存在なのだ。だけど、そんなことは萌には言えなかった。俺のことを尊敬しているのだから。萌の前ではうんと格好よくしていたかった。

 9月の下旬に、日本で放映されていた、萌の所属する吹奏楽団の放送を観た。
 萌がどんな環境でどんな仲間と演奏をしているのか興味があった。
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