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七十二候

第82章 及川編#7


 少し経って、萌からまさかのプレゼントを貰ったのは俺の方だった。
 5月のこと。萌の誕生日と就職のお祝いに久しぶりにビデオチャットで会話をしながら食事をしたときだ。
「……その衣装と楽器、さっきから気になってたんだけど、もしかして?」
「ふふ。今日はね、徹に聴いてもらいたくて。私のプロ一号目のソロリサイタル」
「ええ……嬉しいんだけど……泣きそう」
「泣くのは演奏を聴いてからにしてよ」
 萌は日本のポップスを演奏してくれた。俺も知っている曲たちだったけど、一番最後に演奏した曲は知らなかった。でも、すごく感動した。萌の気持ちがより込められている演奏だったから、つい涙をこぼしてしまった。
「ねぇ、最後のって何?」
「これはね、今年日本でリリースされた曲なんだけど、聞いた瞬間に徹のことを思い浮かんだ曲なの。後で歌詞を調べてみて」
「えー今聞きたい。歌ってよ」
「歌か! ……まぁ、わかった」
 萌の久しぶりの歌声。相変わらずいい声だな。
その歌は成功も挫折もたくさん経験してきたけど、挫けることも、がむしゃらに生きることも素晴らしい日々。そんなメッセージだった。

「なんだこれ、めっちゃいい。今までの自分を肯定してもいいんだなって思えた」
「ね。でしょう? 私の心も掴まれたんだよね」
「俺、情緒どうしちゃったんだ」
「辛いことあった?」
 萌が心配そうにしている。画面に手を伸ばして、萌に触れたかった。そしたらもっと元気が出るかもしれないのに。
 来年はオリンピックの代表選考がある。だから、今まで以上に成績を残したい。今回を逃すと4年後になってしまう。今年と来年は何としてでも結果を残さなくてはならなかった。
 アルゼンチンでの暮らしにも慣れたけど、プレーの方は上手くいかない日も多かった。
「んー……まぁ、うまくいかないこともそれなりに。でも腐らずに頑張るよ」
「無理したくなるだろうけど、あまり無理しないでね」
「ありがと。萌もね。いや、萌こそね」

 萌の誕生日には、演奏会用の衣装を送った。吹奏楽団で着てもらいたかったから、どういったものがいいのか、吹奏楽団の画像や動画を見てリサーチしたものだ。
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