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七十二候

第82章 及川編#7


「私、2年間だけだけどフランスへ行ってくる。帰ったら日本でプロになる。でも、もしかしたらフランスが肌に合ってそのまま定住するかもしれない。行ってみないと分からない。アルゼンチンにだって演奏の機会はあるのかもしれない。未来のことなんて誰にも分からないでしょ? だから、徹が他に好きな人ができるまでは別れないで欲しい……アルゼンチンの地で徹を献身的に支える素敵な人が現れたら、さすがに敵わないから……うぅ……」
 また泣かせてしまった。一生懸命俺を理解しようとして、考えながら話してくれた。俺は罪悪感でいっぱいになり、両手で顔を覆って泣いている萌を抱きしめてしまった。
 俺に好きな人ができるまでは一緒にいたい……。なんて優しい子なんだろう。なんで、こんな自分勝手な俺を嫌いにならないんだろう。なんで、ずっと一緒にいてくれるんだろう。

「そんな人できないと思うけど……。萌こそ、プロになったら見えてくる世界はもっと広くなる。いろんな人と知り合って、きっと萌をそばで支えてくれる人が現れる。俺がアルゼンチンから萌を縛り付けたくはないんだ」
「私こそ、徹を遠くから縛り付けようとしてるんだよ……。別れるのは、嫌だよ。きっともう会えなくなる……」
「萌……。年頃の女の子を飼い殺しみたいにすることはできない。俺、バレーのことばかり考えていて……。でも萌のことを好きでいるのは変わらないし、これからも好きでいる自信はある。だって長年片思いを拗らせてきたんだから、間違いないよ。なのに、自分のやりたいことを優先させて、ごめん……」
「いいんだよ。私だってフランスへ行く。徹が日本にいたとしても、留学を選ぶ。だって、私たちにはやるべきことがあるだもの」

「プロになるまでは待って。今度は私が成果を出して答えを見るける番だから」
 その時にまだお互いが必要な存在だったら、この関係は続けるし、そうじゃなかったら、今度こそ別れよう、と約束をした。


 俺は留学を経てプロになった萌が答えを見つけるまで待つことになった。
 これからも彼女でいてくれる嬉しさはあったけど、これからの日々は別れるまでのモラトリアムとも捉えることもできた。
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