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七十二候

第81章 及川編#6


「だから、別れよう」
「や……だ……いやだよ……」
「でも、ごめん……。ブランコ監督に師事するって決めたから、俺もついて行くしかないんだ」
「…………っ」
 萌がぶんぶんと大きく首を振る。
「俺、いつ帰ってくるか分からないんだよ? 萌のそばにいてやれないんだよ? 萌に辛いことがあっても、俺は何もしてあげられない。それなのに彼氏面するなんて酷いことはできないよ」
「それでも嫌だよ! ねぇ、本心で別れたいって思ってる?」
 萌が声を荒げた。大粒の涙をこぼしている。本心を聞かれて、素直に答えてしまった。
「好きに決まってるじゃん……! どれだけ長い間片思いしてきたと思ってんの。萌を幸せにするのは、俺がいいに決まってるよ……」
 俺も本心を語り、せき止めていた思いが溢れて涙がこぼれた。
 萌が俺の両手を手に取り、説得する。
「私だってプロになるために今から4年間は今以上にクラリネットに、音楽に向き合うことになる。今みたいに毎日徹と顔を合わせるなんてことは確実になくなる。徹が日本にいたとしてもだよ。徹もバレーをどこで続けたとしても、今以上にバレーに専念するでしょ?」
「………俺は何か成果を出して、何か答えを見つけるまでは日本に戻らないよ? 何年かかるか分からないよ………」
「先のことなんか、私にも分からないよ。私だって留年するかもしれないし、院に行くかもしれないし、はたまた留学だってするかもしれない。未来なんてどうなってるか分からないよ。物理的に会いにくくなるのはもう決まっていたことだよ。それよりも、徹は………徹は…私の一番の理解者で、尊敬する人で、支えてくれる人で……。一番大好きな人が物理的なんかよりも、精神的にいなくなることの方が一番キツイ………」

「………こんな俺なのにまだ恋人でいてくれるの?」
「当たり前じゃん! バカ!」

 このとき、萌が必死になって別れを止めてくれたことに感謝している。萌が俺のことを必要としてくれていることが分かった。だから、俺もいい人ぶらずに萌と前に進もうと思ったんだ。
「……遠距離恋愛、よろしくね」
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