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七十二候

第81章 及川編#6


 そんな不安がまさかすぐにやって来るとは思わなかった。
 ブランコ監督が来年からアルゼンチンに帰ってしまうことが分かったのだ。
 俺はブランコ監督に師事すると決めていた。だから……俺もアルゼンチンに行くしか選択肢がなかった。

 萌を置いていく。萌のそばにいられなくなる。萌が辛くても慰めてやれないし、萌を一番近くで応援することもできない。
 まだ彼氏らしいこともできていないけど、別れるなら今すぐがいいのだろうか……。萌を幸せにしてくれる男がすぐに現れるかもしれない。萌の進む音楽の世界で。

 アルゼンチンに行くことを親に説得したが、思いの外、そこまで揉めることなく許してもらえた。ただし、絶対にプロになることが条件だった。
 その翌日、学校帰りにファミレスでバレー部の同期たちにもそのことを報告した。みんな驚いてはいたけど、応援してくれると言ってくれた。
「……萌には言ったか?」
 岩ちゃんが眉をひそめて言った。
「まだ言えてない」
「まさか……別れるつもりか?」
「そうだね……そうなるんだと思う」
 岩ちゃんは何も言わなかった。

 その後もずっと考えたけど、やっぱり別れることが萌のためなんだと結論を出した。別れたところで、萌を好きであることに変わりはない。辛いけど、すごく辛いけど、俺は萌の幸せを一番望んでいた。萌が思う音楽の道に進んで欲しかった。
 最後の思い出に、クリスマスの日にデートをすることにした。きっと、萌を泣かしてしまう。どうか、別れることを納得して欲しい。

 デートの日。仙台でも有名なイルミネーションを見に行った。幻想的な光景を目の当たりにして、このままずっとここにふたりでいたいと思ったけど、自分から思いを断ち切らなくてはと、俺はこのタイミングで切り出した。
「俺、アルゼンチンに行く」
「ア、アルゼン、チン……?」
 萌は驚きのあまり、目を丸くして固まってしまった。そんな顔させてごめん。
 思わず萌を抱きしめてしまった。だけどすぐに我に返った。萌を抱きしめたりしたら、決心が鈍る。意思を強く持って、萌からすぐに離れる。
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