第81章 及川編#6
ひとりでアルゼンチン渡ることは怖い。だけど、萌が遠くで一緒に戦ってくれると言ったから、俺は負けるわけにはいかなかった。
将来、萌がどういったプロのクラリネット奏者になるのか、どんな道へ進むかは、今は考えることを辞めた。今の俺には、これからアルゼンチンに渡る俺にはやっぱり萌が必要だった。
卒業してすぐに、ブランコ監督を追ってアルゼンチンに渡った。
スペイン語も英語も必死で覚えたけど、まったくの素人に近い状態だし、知り合いもいない。俺はCAサン・フアンのトライアウトを受けるまではアルゼンチンで言語を覚えつつブランコ監督の紹介で特別にアマチュアのチームで練習をさせてもらう日々だった。
毎日必死だった。一人暮らしだって初めてだし、家事をひとりでこなすことも、それも知り合いがいない上に言葉の通じない国で暮らすことは、想像した以上に辛かった。
今まで幸せだった、たくさんの仲間のいる日々。その当たり前がどれほど大きなものか、失ってみないと気づけないものだった。
萌も、芸大で新しい環境を精一杯頑張っている。日本中から音楽の才能に恵まれた人たちが集まる環境で、萌だってもがいている。岩ちゃんだって夢に向かって頑張っている。
もがき苦しんでいるのは、自分だけじゃない。そう思って自分を奮い立たせていた。
萌とは毎日、その日の出来事を語り合った。それだけでも本当にありがたかった。
止まない雨はない。苦しい生活は永久に続くものではない。CAサン・フアンに入団してからはチームメイトにも恵まれ、徐々に生活に適応していった。
その中で自然と帰化について考えるようになった。ウシワカたち全員を倒すには必要なことだった。オリンピックの舞台で日本よりも格上の国で代表に選出されること。その上であいつらを倒すこと。俺はそのためにバレーを続けているんだ。萌を日本に残してまでアルゼンチンに渡ったんだ。
帰化は賛否両論あることは分かっている。俺を非難する人もいるだろう。だけど、これが4年かけたアルゼンチンに渡った先で見つけた俺の答えだった。
心の支えであった萌はどう思うのだろうか。俺がアルゼンチン人になったら、ショックを受けるだろうか。それでも、俺の元に来てくれるだろうか。