• テキストサイズ

七十二候

第80章 及川編#5


 なんか、悔しい。いや、両想いは嬉しいけど、萌への気持ちをちゃんと分からせたかった。
「萌、……こっち向いて」
「やだよ。顔、酷いもん」
「やだ。泣き顔も可愛いの知ってるから、見せて。ほらっ」
「み、見ないで……すごい顔してる」
 萌が眉を下げて困ってる。鼻の頭も目も赤いし、涙で瞳がうるうるしていた。そんな萌だって可愛いものは可愛い。
「うん、すごい困ってる顔してる。目真っ赤だし」

 油断している萌にキスをした。
萌の身体が跳ねた。俺の勝ちだ。
萌には俺も緊張していたことはバレなかっただろう。

ようやく願いが叶った。だけど今日は皮肉にも、萌の夢が破れた日だ。
 そんな感情の浮き沈みが激しい中、萌が再び涙を流した。
「え? 嫌だった? ご、ごめん」
萌は必死で首を振る。じゃあ、どういうこと?萌を伺っていると、萌が小さく言った。
「鼻水……」
「え! ちょっ、ティッシュ! ティッシュどこ!」

 今日はいろんなことがありすぎた。俺、明日にでも天国に行くのだろうか。学校中の男から殴られるだろうか。そのくらい舞い上がっていた。
 とりあえず、どうにかなる前にお母ちゃんには報告しよう。お母ちゃんはずっと萌のことを気にしていた。俺の分かりやすい萌への気持ちは小学生の頃からお見通しだった。
「おばさんに胸張って言ってよ。徹と付き合うって」
「やだ、しばらく言えないよ」
「俺は言うけどな。ずっと萌ちゃんとはどうなったって聞いてきてたし」
 萌はリンゴのように赤面していた。俺の親にまでバレていたことなのに、気がつけない己の鈍感さを思い知ったようだった。

「まぁ、進路とか問題はあるけど、一緒にいろんなこと乗り越えていこう。よろしくね」
「うん、徹が一緒なら心強いよ。よろしくね」
 俺が萌をぎゅっと抱きしめると、萌も応えてくれた。萌が俺を抱きしめ返してくれている。萌に触れることができるのも嬉しいけど、触れられる嬉しさもあった。
 きっと、この日を一生忘れないだろうと思った。
/ 234ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp