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七十二候

第79章 及川編#4


「そう? 照れるな……」
 そう言いかけた萌の顔がくしゃっと歪む。
「………………悔しい……」
 萌はぽつりと呟いた途端に、涙を流した。
部長として耐えていたんだと思う。だけど、気持ちを言葉にした途端にもう歯止めがきかなくなり、泣きじゃくった。
俺は考えるよりも先に身体が動き、気がつくと萌を抱きしめていた。
 萌は一瞬身体を強張らせたが、みるみると身体の力が抜けていった。
 萌の泣く姿を見るのは、小6のときに萌の飼い猫だったサクラが死んでしまって大泣きしたとき以来だった。
 萌を守ってやりたい、そばにいて苦しみを和らげてあげたい。そんな一心だった。

 萌のことは表情に出ていなくても大体のことは分かる。あ、それ美味いんだな、とか楽しいんだなとか、飽きたんだな、とか。だけど、今はこんなにも感情を爆発させている。

「胸張って帰るんだろ? ここで思いっきり泣いておきな」
「ひっ……うぅ…… くや、しい……」
「ん。人前で泣かなかったんだろ? 本当かっこいいよ。偉かったな」

 悔しかったよな、全国大会、行きたかったよな。
 萌は泣きながら頭の中を整理して、反省の言葉を、嗚咽しながら述べていった。
「今回は、シンプルに技術がっ……他校より、劣ってたの……」
 こんなときにも、ずっと萌は原因を考えていた。そんな萌の頭を撫でて、俺は黙って聞いていた。
「ソロも、ダメだった。たぶん……う、仲田先生は気づいてる。全然練習通りじゃなかった……うう……」
「萌。この悔しさは後輩に託して。そして萌の音楽人生に繋げよう。萌の音楽はまだ何一つ終わってないんだから」
「うん……うん……」

 しばらく萌は泣きやまなかった。俺は冷静になって、今の状況を理解していく。
 俺は今、萌を抱きしめて、頭を撫でていた。
 俺は顔を真っ赤にしながらも、観念した。
 これは……もう気持ちを隠すことは無理だ。機を見て萌に告白しよう。そんなことを考えた矢先だった。

「…………好き」

「え?」
「徹のこと、好きみたい」

「ええええええええ!?」
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