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七十二候

第79章 及川編#4


 そう言って、俺たちは監督に断って部活を抜け出した。音楽室の外から聞き耳を立てる。萌が締めの言葉を述べるところだった。
「いい演奏だった。絶対にお客さんには私たちの演奏が届いた。泣かないで。何も失敗していないんだから。確かに、私も……私こそだけど、個々人で反省する点はあったかもしれない。だけど、それはこれからに活かそう。青城ブラスの音楽は何一つ終わってないんだから。3年生は引退になるけど、この悔しい思いは1、2年生がより良い音楽へと繋げてくれると信じているよ。頑張れ。そして私たち3年についてきてくれてありがとう!」

 部員たちの泣き声が聞こえる。それだけで俺も胸が詰まった。だけど、萌は泣かなかった。気丈に振る舞っていた。
「さぁ、胸を張って帰ろう。いい演奏してきたよ! ってお家の人に言おう」

「……萌たち、全国に行けなかったんだ」
「1,000点満点の審査で2点差らしいな」
 岩ちゃんがスマホで成績を確認してくれた。音楽といった芸術の良し悪しは数値で正確に測れない。2点なんて、ほんの誤差。審査員のほんの気まぐれ、好みの差だったのだろう。

 体育館に戻り、部活を続けるけど、あまり身が入らなかった。
「居残りはいいから、萌のところへいってやれよ」
 岩ちゃんの言葉に甘えて、先に帰らせてもらうことにした。
 まだ電気のついた音楽室を覗いたら3年生が部室を掃除し終わったところだった。萌たちは今日で引退だ。立つ鳥跡を濁さず。その姿に尊敬もしたし、胸が苦しくなった。
 俺はしばらく他の教室で萌を待つことにした。萌になんて声をかけよう。ずっとそんなことを考えていた。
 しばらく経っても萌が出てくる気配がない。心配になり音楽室へ向かうと、萌がひとりで音楽室の窓に寄りかかっていた。
「萌。惜しかったね」
「徹……うん。惜しかった」
 萌は気の抜けた表情だった。声に覇気がない。
「でもいい演奏したんだろ? 胸張って帰るんだろ?」
「聞いてたの? ……みんなは胸張って帰るべきだから」
「部長挨拶ときの萌、かっこよかったよ。そして掃除をして出ていくのも、めちゃくちゃかっこいいよ」
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