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七十二候

第2章 玄鳥至(つばめきたる)


 2019年4月。私は24歳の新米クラリネット奏者。フランス留学を経て日本・東京に帰って来た。留学時代にフランスのコンクールで3位に入賞したものの、日本では無名に近い。
 今年の目標は、若手登竜門と呼ばれる音楽コンクールでの入賞。日本で名前を売っていくことだ。
 そして、まさにこれから、空きが出て募集のかかったプロ吹奏楽団である、ウインドオーケストラ東京の1次オーディションへ向かうところだ。

 桜、綺麗だな。やっぱり日本の春が一番好きだ。
 青空に映える道いっぱいの薄桃色の桜たち。木々はまるで雪を被ったようにこんもりとしていて可愛らしい。
 家の目の前にこの桜並木があるが、この桜の景観で物件を選んだようなものだ。ソメイヨシノ発祥の地に近い場所に住んでいるからか、桜の木が至るところで目に入る。
 新しいトレンチコートに身を包み、追い風と桜たちの応援を背に受けて、私は池袋のオーディション会場へと向かった。
 不思議と緊張はなかった。私はやれる。この2年で強くなったんだ。
 私の遥か先にいる徹に追いつくために。


 幼稚園からの幼なじみの徹と再び同じクラスになったのは高3のこと。新学期を迎えた宮城にはまだ桜は咲いていなかった。
「いってきます」
 まだ肌寒い朝、今日から3年生か……と最高学年となることをどちらかというと不安に思いながら、力なく玄関のドアを開けた。否応なく朝日に歓迎され、目を細めたところで幼馴染の徹と岩ちゃんとばったり出会った。なんというタイミング。
「萌。おはよ。朝に会うの久しぶりだね」
「おはよ。朝練ないんだね」
「今日は新学期だしね。朝練は明日から」
 私たちは当たり前のように3人で学校へ向かう。担任の先生は誰がいいかとか、新入部員は何人入るかな、なんてたわいのない話をしながら。
 私は以前から徹と学校へ向かうこの道のりはとても長く感じていた。それには訳があるのだけど。でも今日は岩ちゃんも一緒だからまだ良い。
 徹が余計なことを言って何度か岩ちゃんから怒られているのを横目に見たりしながら、ようやく学校に到着する。私たちはそのまま人だかりになっているクラス替えの張り紙を確認しに行く。
 1年を共にするクラスのメンバーの発表は、1年間で最も緊張するイベントのひとつだ。この結果によって1年間の私の学校生活がほぼ決まる。
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