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七十二候

第78章 及川編#3


 萌は表情からして別に怒ってはいなかった。俺の小学生のようなおふざけに返してくれるのは嬉しかった。背中は岩ちゃんのそれと比べてもちっとも痛くないし。だけど、萌は抜かりなく、岩ちゃんにこのことを言いつけた。この日、岩ちゃんから下痢のツボを思いっきり押されて悶絶した。
「いってぇ!」
「お前、女子に何やってんだうんこ野郎!! 下痢になりやがれ!!」

 それからは、俺は萌の気持ちを確かめようと行動した。萌の言葉に一喜一憂した。
 甥っ子に飛雄が俺に頭を下げている姿を写真に撮らせた件は、大人げないと言いつつも、萌がこう言った。
「ちゃんとアドバイスしてあげるのは偉いよ。影山くんが強くなっても受けて立つということじゃん。かっこいいよ」
 飛雄に負けたくはない。だけど、腐っても後輩。あんなに頭を下げられたら何か返さざるを得なかった。
 ものすごく浅ましい行為をしたとは自分でも思ってはいたけど、そんな思いもよらないことを言われて、俺はアイスを食べていた手を止めた。
「ありがとう……今のは幼馴染として慰めてくれたんだよね」
「へ?」
「あ、いやなんでもない」
(かっこいいって言った)
 他意はなくても、嬉しい言葉だった。

 その後すぐに訪れた俺の誕生日のときには
「徹。誕生日おめでとう。何か欲しいものない?」
 夜、萌が俺の家に来て聞いてくれた。「じゃー俺と付き合ってよ」と言えたら良いけど、さすがに言えなかった。
「萌の演奏がいいな」
「えー……今どれも練習中だし、今演奏できる曲が思いつかないな。ごめんね。でもプロになったら一番に聴いてね」
 萌は少し困った顔で言った。どんな演奏だって喜べるんだけどな。本当に真面目な子だ。
「そっか。うん、楽しみにしてる。じゃあ、あれ歌ってよ。今流行ってるやつ」
 代わりに萌の歌声を独り占めした。萌の声は透き通っていて、心地よい。歌手にもなれるんじゃないかと思うくらい、歌が上手かった。クラリネットでメロディを演奏することにも役に立つと、日ごろから歌うことも練習しているらしい。特に、演歌は歌心を学ぶのにいいらしい。
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