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七十二候

第78章 及川編#3


 進路についてたくさん悩んでいるのに、萌が好きで決して諦めることができないと再認識してしまい、それもまた自分を苦しめた。大学でバレーを続けるか、ブランコ監督のチームを目指すか。
 親は大学に行けとは言う。その方が安全だから。確実だから。分かっている。
 プロバレー選手を目指すのは、それなりにリスクのある道だ。ましてや、まだ全国大会に行ったことない俺は、少し雑誌に載ったりとしても、ほぼ無名だ。
 だけど、自分の実力はこんなものじゃない、まだまだ成長できる……そう信じたかった。
 萌なら、なんて言うんだろう。音楽家こそ食べて行くことが難しい職業。リスクを承知で音楽の道を目指す萌の前でうじうじしたくなかった。だから、萌の前では努めて明るく接したかった。

 ある日の朝、朝練に向かう途中、譜面を夢中で読み込みながら歩いている萌を見かけた。危ないなと思いつつ、ちょっといたずらしてやろうと思った。
「おはよ~。下痢のツボ~」
「ちょっと! ひどい!」
「歩きながらよそ見するのは危ないからやめなさい」
「はーい」
 小学生みたいないたずらをしたものの、よそ見をして歩くことは心配だ。すかさず萌から譜面を取り上げた。譜面を見ると、クラリネットのソロ曲だとは思うけど、16分やら32分音符で真っ黒な譜面だった。すごいなぁ。こんなものが演奏できるなんて。
「ねぇ。今の他の女の子にもするの? さすがに女の子に下痢はまずいって」
「他の子にはしないよ? 萌だからやったんだけど」
 萌の気を引きたいから、やったんだ。
「私だからか……下痢にさせたいってことか……」
 萌には俺の意図は通じていないけど、この際良いと思った。萌にこうしていたずらできたこと、萌から反応が貰えたことが嬉しい。そんなことを考えていたら、萌から思いっきり背中を叩かれた。
「迷信じゃないかもしれないから仕返ししとく。あと3日間下痢になる呪いをかけた」
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