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七十二候

第78章 及川編#3


 俺は「あぁ、そういう顔もするんだな」とぼんやり思っていた。萌をそういう顔にさせられたことも嬉しかった。
「……ありがとう……嬉しい。頑張ってよかった……」
 そう、掠れた声でつぶやいた。
 きっと、俺の気持ちは届いた。
 そうだよ、萌は頑張ったんだよ。

 翌日、岩ちゃんに萌に花束を渡したことや、萌の反応について話していた。
「よかったな。しかし萌を忘れるために他の女の子とあっさり付き合って振られて……で、もう萌へアプローチ? 全男子に殴られたらいいのにな」
「それ物騒! でもまぁ、そうだよね……」
「及川、お前は萌のどこが好きなんだ?」
「頑張り屋でいい子だと思うけど。岩ちゃんもそう思うでしょ?」
「まぁ、そうだな。あと、音楽バカだよな。お前と同じ」


「萌の好きなところか……」
 家に帰って岩ちゃんの言葉を思い出す。さっきは恥ずかしくて言えなかった。
 最近の萌は前髪が伸びてきていて、前髪を斜めに流していたのも可愛いなと思ったところだった。
 それから、笑っている顔も、美味しそうに食べている顔も、眠たそうな顔も、何か考えていたり困ったりしている顔も全部好きだし、いろんな表情が見られるのは幼馴染の特権だ。クラリネットを吹きすぎて痛くなった下唇を引っ張っているときのちょっと面白い顔も好きだ。
 大体のことは表情から読み取れる分かりやすさ。真面目に聞いていそうだけど、あれば全然聞いてないなとか、今音楽のことを考えてるなとか。その証拠に、指が動いていて、エアーでクラリネットの運指を確認していたりもするんだ。
 そして控えめだけど一生懸命だし、芯が強いというか、頑固で、クラリネットを吹いているときの真剣な顔とか、いつものふわふわした雰囲気が、音楽をするときはガラリと変わるところはドキッとする。
 考え事をすると手が顔のどこかに触れる癖とか、音楽を聴くとどこか違う世界に行ってしまうところとか……。
「拗らせてるな、俺」
 全部、好きだった。長い間拗らせた片思いを諦めることはできなかった。
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