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七十二候

第78章 及川編#3


 萌は中学でクラリネットに出会い、高校では強豪校へ行きたいと青葉城西を選んだ。俺は萌を追いかけたわけではなく、ウシワカを倒すために選んだだけで、本当にたまたま同じ高校だった。
 青葉城西は吹奏楽の強豪校。あの白鳥沢よりも吹奏楽コンクールでは成績が良かった。萌は中学のときから将来はプロになると決めていて、芸大に行くために、強豪校ゆえに厳しい部活も、個人レッスンもずっと頑張っていた。最難関の芸大を目指す人にとって、部活動は弊害になる。だけど、萌は部活動にも全力で取り組んでいた。
 そんな3年間の集大成・定期演奏会。「スマイル」という萌のソロ曲は、萌を通したチャップリンからのメッセージがあった。
「笑顔でいよう、心が痛くても。笑顔でいよう、心が傷ついたとしても。そうすればきっと人生はまだまだ捨てたもんじゃないと気付くよ」
 萌を心から尊敬する。萌は気持ちやメッセージを伝える演奏ができる人だ。萌の演奏を体育館から毎日のように聴いてきた俺が言うんだから間違いない。
 そんな素直な気持ちを萌に伝えたかった。定期演奏会の日の夜、萌の家に感想を伝えに行った。花束を持って。
「萌が個人練で居残っているときって、体育館にいると音楽室から萌の音が聞こえてくるんだよ。あーいろんな調で音階練習してるなーとか、今日は難しそうな曲やってるなーとか、めっちゃゆっくりから確認して吹いてるなーとか、ちょっと経つとすげー速く吹けるようになってるとか、全部聞いてた」
「え……? 全部?」
 やっぱり驚いていた。そりゃそうだよな。好きでもない奴からこんなこと告白されたら気持ち悪いかもしれないな。
「今日の演奏はそれらの積み重ねの結果なんだと思う。萌が部長になって、部をまとめるのに苦労して、そういったものも全部ひっくるめて今日の演奏があった。いい演奏だったよ。感動した」
 そう言って花束を差し出した。演奏会といえば、花束だろう、とお母ちゃんにアドバイスを受けたからだ。
 女の子に花束を渡すなんて、ちょっと恥ずかしかったけど、花束を差し出された萌は泣きそうな顔だった。俺をずっと見つめて、何かを言いたそうにしていた。
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