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七十二候

第8章 蛙始鳴(かわずはじめてなく)


 社会人1年目もあっという間に1か月が過ぎ、5月になった。湿度も気温も丁度良く穏やかな風が心地よい。芝生の上でずっと寝ていたいなと思うのは睡眠不足だからだろうか。
 世の学生たちは部活動が始動して1か月が経った頃。私にも吹奏楽部のクラリネットパートの指導ということで、とある中学や高校から依頼が入った。これも大学時代に知り合った人々がつなぐ縁で、フランスから帰ったばかりの私にチャンスを与えてくれた。無名の私には本当にありがたいことだ。
 複数の学校分が取り組んでいる曲を頭に入れ込む日々。さらに吹奏楽団の練習をこなしている。今月は吹奏楽団の公演が地方公演を含めて週に1回は入っていた。

 自分の要領が悪いのもあるが、せっかく撮り終えたソロ曲の編集に手をつける時間がなかった。まゆが編集をしてくれると申し出てくれたが、初めての作品だし自分でやってみるよ、と断ってしまった。今年はコンクールにも挑戦しようとしているが、果たして全てをこなせるのだろうか。
 ありがたい忙しさに目が眩むし、少し困っていることもある。だけど徹にはあまり相談できないでいた。ここ最近というわけではなく、前からずっとだ。
 なぜなら、私はアドバイスが欲しいときは、全部ではないが大抵は岩ちゃんに相談する。徹が頼りないわけでない。岩ちゃんがとにかく頼れるからだ。だけど不安やストレスを限界まで貯めて、爆発させてから徹に迷惑をかけるということが過去にあった。こんな歳にもなって彼氏との距離感をちゃんと掴めていない私。壁を作っているわけでは決してないけど、やはり徹には迷惑をかけたくなかった。
「岩ちゃん、あとで電話してもいい?」
 私は今回も岩ちゃんを選んだ。メッセージを送り、私は都内の中学校へ向かった。


 徹に彼女ができてから、徹とはクラスでは挨拶やちょっとした会話はするものの、なんとなく薄い壁を感じていた。というよりも、私が壁を作っていた。
 部活後は一人で帰ることにしていた。徹と必要以上に接するのは彼女に悪いと思ったからだ。
 私は部活後も顧問の先生が学校にいる限りは居残りで練習をしていた。家よりも学校の方が広い部屋で練習ができるからだ。
 だけどこの頃は徹たちに鉢合わせしないように早めに上がっていた。
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