第76章 及川編#1
「うん……」としか言えなかった。「萌だよ」と言いたかったけど、この鈍感さを前にして、何を言えばいいのか分からず、尻込みしてしまった。
「そっか。知ってる子?」
「さぁね~。……あ、萌の先生じゃない? 挨拶行かなくていいの?」
俺はまたもや誤魔化した。自分の気持ちを伝えられなかった。
その日の帰り、萌の家の前で別れ際にお礼を言った。
「初心に帰った気持ちになったよ。俺頑張るわ」
「ふふ。私こそ負けません。私たち、ライバルだからね」
ライバル?バレーと吹奏楽を頑張っている者同士はライバルなのか。
萌は、俺のことをそう思っているのか。俺は、ライバルでもあるけどそれ以上の存在になりたかった。
「俺はそんなんじゃない。そんな風に思っているところもあるけど、違う」
こんなときに空気を読んだのか風がざわっと強く吹いた。俺たちの間にある壁を意識させる、読まなくていい空気だった。
「……どんなふうに思ってる?」
戸惑っている萌。そうだよ、気づけよ。
「分からない?」
「うん……」
あぁ、完全に脈なしだ。
告白する前から振られた気分だった。
その後、たまたま他校の女の子に告白されたから、ついOKしてしまった。その子のことは何も知らないのに。ちょっと可愛いけど、萌のほうがよっぽど可愛かったのに。
その子には申し訳ないけど、萌への想いを断ち切るために、付き合うことにした。