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七十二候

第76章 及川編#1


 そう言って連れて来られたのは、萌の知り合いの先生が出演するコンサートだった。
「俺プロのコンサートって初めてなんだけど」
「あまり馴染みがないよね。でも寝ちゃダメだからね」
「わかってるって」
 正直、萌の演奏以外でこうしてホールで演奏を聴くのは初めてで、緊張した。でも、萌を独り占めできることはすごく嬉しかった。薄暗い照明で眠くなってしまったけど、頑張って演奏に集中した。そして、横目でもっと集中して聴いている萌を見ていた。

 終演後、萌はよほど楽しかったのだろう。目を輝かせてアンサンブルの説明をしてくれた。アンサンブルのパートにもそれぞれメロディ、伴奏、ベースといった役割があって、その役割は曲の中でローテーションのように変わっていく。何一つ欠けてはならないということだった。
 バレーに通ずるものがあった。萌はきっと「アンサンブルもバレーも通ずるものがある」と伝えたかったのだろう。
 また、萌の好きなところを見つけた。人にぶつかりそうになっているのにも気づかずに、夢中で音楽を語る姿。
「ほんと、萌は音楽のことになると饒舌」
そういうと、萌は瞬時に表情を曇らせた。
「ご、ごめん……喋りすぎた」
 謝ってほしくなかった。萌は今でもずっと傷ついているんだ。謝るべきは、俺のほうだ。

「萌、中学のときは嫌な思いさせてごめんね。もうそんな思いはさせないように、酷いことを言ったやつらには釘を刺してきたし、今もちゃんと気をつけているつもりだけど、まだ何か言われたりしてる?」
「ううん。大丈夫。そっか、徹がちゃんと守ってくれてたんだね……ありがとう」
 そう言われて、つい言ってしまった。隠していた本音を少しだけ。
「……女の子たちにはバレーの応援は歓迎するけど、その他の行為ははやめてねって言ってる。俺好きな子いるからって」
「え! いるの!?」
 萌は大きな声で驚いていた。なんで気がつかないんだろう。萌のバカ。文脈からして、俺が好きな子は萌だって明白じゃないか。
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