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七十二候

第74章 七十二候


 2020年7月。冬の季節を迎えたサンフアン。私は徹と暮らし始めた。
 倍率100倍超のオーディションに合格し、入団した吹奏楽団・ウインドオーケストラ東京は1年半で退団した。
 だけどレモンはそのまま在籍することにし、日本でリサイタルをする際は帰国をするスタイルでメンバーも快諾してくれた。他にも日本でのリサイタルや室内楽なども今後予定しているし、教えていた高校の卒業生を中心にオンラインレッスンも行っている。意外と日本の仕事は途切れなかった。
 徹から贈られた吹奏楽の公演で着用していた衣装は、今後はレモンのリサイタルで着ようと考えている。
 そして七十二候は世に出してみると意外にも反響があった。譜面の販売が好調であり、ソロ譜だけではなく、クラリネットアンサンブルに編曲したものもリリースした。私は作曲家と演奏家の二足の草鞋を履くことになった。
 
 
「ただいま!」
「おかえり」
 練習を終えた徹を迎える。結婚を機にこれまで徹の住んでいた部屋を引き払い、新居に移り住んだ。ふたりで暮らすには広い部屋だ。
 私は自宅の防音の処置をしてもらった部屋でクラリネットの練習を済ませ、アマチュアクラリネット奏者の方から依頼されたクラリネットのソロ曲の作曲作業を進め、それから晩御飯を作っていた。
「萌―! やっぱり萌が家にいるって嬉しすぎる」
 徹が帰宅するや否や、ぎゅっと私を抱きしめた。毎日スキンシップをたくさん取ってくれる徹。気恥ずかしい感情も含めて高校生の頃を思い出す。
「苦しいってー。ほら、ご飯食べよう」
 私は照れ隠しに素っ気ない態度を取ってしまう。それも徹はお見通し。
「萌。ちゅーしてよ」
 徹は子どものように期待に満ちた表情を見せる。こういうの慣れないんだよな……。でもキスをしないと徹は駄々をこねる。わたしは背伸びをして徹の右の頬にキスをした。これでも精一杯頑張ったつもりだ。
「ちょっとー。ほっぺなの?」
 やはり徹は物足りない様子。唇を尖らせて言った。
「恥ずかしすぎて、無理……」
 私は恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆った。
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