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七十二候

第72章 桜始開(さくらはじめてひらく)


「でも、すごくいいところだね。都心なのに落ち着いた雰囲気」
「……うん」
「ベランダから桜も見られるし」
「うん」

「ねえ、萌」
「うん」
「結婚しよう」

「う……えっ?!」
 素っ頓狂な声を出してしまった。思わず徹の方を向く。
「なんだ、うんってその流れで言ってくれると思った」
「え? ちょっと?」
 今目の前で起こっていることが私の頭では即座に処理できなかった。
「萌の曲聴いた。それから、手紙も何度も読んだ」
「あ………」
「七十二候。意味を調べたよ。日本の繊細な季節を表す綺麗な言葉だね。だけど、とっても綺麗だけど難しくて、複雑だけど楽しくて、悲しくて。でも最後は厳しい冬から春に向かっていく推進力で、何があっても俯かずに前を見ろと励まされるような曲だった」

 すごい。私の意図していたことが伝わった。
「言葉がなくても分かった。手紙を読んだら今すぐ返事を伝えたいと思ったから、手紙で返事を書く時間がもったいないし、ちょうどオフだし来ちゃったよ」
「曲が伝わったのは嬉しい……でも……え? 本当?」
 未だに夢じゃないのかと疑う私。
「よく木曜日の午後は池袋で練習だって話をしていたから、今日もここにいるんだろうなって思ったら、やっぱりいた。奇跡だね~」
 徹は高校のときのように子どもっぽく笑い、とても呑気にしていた。
「で、萌?」
 徹は急に不敵な笑みで私を抱きしめて、私の首に顔をうずめた。徹の顔が近いことで心臓が跳ね上がる。いろんなことが一度に起こり、私は既にパニック状態だった。
「返事は? いいって言うまで離さないけど」
「え? えっと……」
「今すぐアルゼンチンに来てとは言わない。もう入ってしまっている日本の仕事もあるだろうし。だけど、それが終わったら一緒に暮らそう。萌の音楽活動、全力でサポートするから」
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