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七十二候

第72章 桜始開(さくらはじめてひらく)


 そう言って、徹は私をふわっと抱きしめた。
 2年ぶりの徹は変わらず温かくて、身体はもっと逞しくなっていた。
 なにこれ、夢……?あまりの心地の良さに何度もそう思った。だけど、いくら考えても、やっぱりこれは現実に起こっていることだった。
「会いたかった……」
 感情が堰を切って漏れ出す。私は子どものように大声で泣いた。
「ごめん、ごめんって」
 徹が困っていると、その様子を練習場から出てたまたま見かけてしまった大窪さんが慌てて駆け寄り、徹にお札を渡す。
「雨宮さんの同僚の者です。はじめまして。これで雨宮さんを家に連れて帰って」
 池袋の公園の中心で大声で泣いているので、何事かと思ったらしい。すかさず助け舟を出してくれた。その間も通行人が怪訝な顔でこちらを見ていた。フランスでもこんなことがあったなと、一瞬頭をよぎった。
「来る場所、間違ってるんだよ……先に言ってよ!」
「だからごめんって」
 私は泣きながら怒る。徹は優しくなだめてくれた。
 大窪さんにお礼をし、お言葉に甘えてタクシーで私の家に移動した。その間もずっと徹に寄りかかって泣いていた。


「落ち着いた?」
「うん……」
 目を真っ赤に腫らしてしまい、恥ずかしさで徹の顔を見られなかった。
「ビデオチャットで見ていた萌の部屋だー。相変わらず簡素だね」
「忙しいんだもん……」
 私は下を向いて徹と目を合わせずに紅茶を出した。徹は私と並んでソファー腰かけ、ニコニコしていた。私はまだ夢なのではないかと、現実を受け止め切れていない。
 気がつくと、徹は私の方へ身体を向き直していた。わたしはチラっと徹を見たけど、今の酷い顔を見られたくなくて、下を見た。いきなり現れて泣かされたせいで、少しいじけてむすっとしていた。
 ちゃんとメイクをして、もっとオシャレをした姿で会いたかった。今日はシンプルに白シャツの上に大きめの白いニットを着て、デニムを履いていた。
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