第72章 桜始開(さくらはじめてひらく)
手紙を送ってしばらく経った。EMSを利用しても、アルゼンチンに届くのはどんなに早くても10日前後だ。
私は気長に待つことにした。もうあれから2週間は経っているけど、強い意志を持って仕事に集中していた。こういう時は忙しいことがありがたかった。余計なことを考えなくてもいいから。
私は今日もいつも通り池袋にいる。去年買ったトレンチコートに身を包み、追い風と桜たちの応援を背に受けて、吹奏楽団の練習場へと向かった。
そしていつも通りの練習が終わった後、いつも通り練習場の出口で楽団のメンバーと別れる。私は練習場前にある大きな公園を通って駅に向かおうとした。街を行き交う人で池袋は平日でも活気に満ち溢れていた。
ふと、桜の木を見ると、満開だった桜は既に散り始めていた。桜の花びらがひらひらと空を舞う。この散りゆく桜はまるで紙吹雪のようだった。ピンク色の雪が空を舞っているようだった。
また、すぐに若葉が顔を出し、力強い新緑の美しい季節になり、やがてそっと葉を落とす。そんな1年の循環を予見した。1年はあっという間だな……。そんなことを立ち止まって考えつつ、再び駅に向けて歩き出そうとしたとき――
「萌」
聞き覚えのある声。
何度も聞いた声。
耳の鼓膜から離れたことのない声。
「え……?」
後ろを振り向くと、大好きな人が立っていた。
桜の紙吹雪がその存在を際立たせていた。
私は息が詰まるほど驚いて、身体が固まってその場から動けなくなってしまった。
「う……そ……」
「来ちゃった」
その声の持ち主はいたずらっ子のような笑顔を見せ、ピースサインをした。
「萌に会いに来たよ。シーズンが終わったから、日本に来た」