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七十二候

第7章 牡丹華(ぼたんはなさく)


 今日も吹奏楽団の練習日。自宅と最寄駅の間の道に若葉のもみじを見かけた。まだ深みのない若葉の色。触れてみると赤ちゃんの髪の毛みたいに柔らかい。まるで産まれたてなのに、これからすぐに立派な深緑になって、おおよそ半年後には紅葉するのだろう。
 短期間でたくさんの変化がある植物の変化のサイクルの速さは改めて考えるとすごいなと思う。クラリネット奏者として変化のない人になってしまわないようにと、まだ赤ちゃんのもみじに決意を表明してみた。

 練習後、私の歓迎会を開いてくれた。池袋のお座敷のある居酒屋だ。
「雨宮さん、彼氏いるの?」
 早々にトロンボーンの男性団員に聞かれてドキリとする。
「いるといえば、いるんですけど……」
 なんとも歯切れの悪い回答をしてしまった。なぜ自信を持って言えないのか。
「大学の頃からずっと遠距離で。高校卒業から今までの7年で会ったのは1回だけなんです。」
「えーー! 遠距離なの」ホルンの男性団員が食いつく。
「彼氏どこにいるの?」
「あ、えっと。アルゼンチンです」
「アルゼンチン!?」
 一同が驚く。そりゃそうだ。日本から見ると地球の裏側なのだから。
 その後、徹のことを説明する。幼稚園からの幼馴染で、アルゼンチンに帰化してCAサン・フアンでプロのバレーボール選手として日々頑張っていることを。
「雨宮さん……それは幸せならいいけど、辛い道だね」
 大窪さんは同情のような慰めの表情。
「……とにかく、私は彼に追いつけるように音楽を頑張りたいです」
「俺にしなよ」と言ってきた先輩がいたが、大窪さんに小突かれていた。

 その翌日、私はまゆと小さなピアノスタジオに向かった。
「萌―。久しぶり!」
「久しぶり! 元気だよ」
 もうすぐゴールデンウイークだけどプロには当然世間の暦は関係なく、仕事があればどんな日だって働くが、仕事がなければずっと休日だ。
 私はこの浮足立った雰囲気は得意ではない。みんなが陽の気を発しているように見えて、その熱で溶けそうになる。
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