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七十二候

第68章 蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)


 梅の花もそろそろ終わり、桜が今か今かと蕾を膨らませていた。池袋のホール近くの民家で終わりかけの梅の花を見て、私が日本に戻ってから1年が経ったんだなと感じる。この1年、あっという間だった。いろんなことがありすぎた。そして確実に飛躍の年だった。
 このあと、受賞者演奏会の最後の合わせを行う。私はできたての曲の譜面を持って来ていた。前田くんにお願いし、合わせてみたかった。
 練習後、前田くんにお願いする。
「これ……私が作った曲なんだけど、伴奏してもらえないかな?」
「すごい、できたんだね! いいよ、やろう」
 私たちは初合わせをする。曲のイメージを伝えながら。ゆっくり演奏してみて、ところどころ微修正も加えていく。改めて、音にすると見えてくるものがあった。
「これは……いいね! 泣きたくなる曲だ。萌ちゃんの想いがちゃんと形になってると思うよ」
「ありがとう! あとは私がちゃんと表現できれば問題ないね。自分で譜面を難しくして自分の首を絞めてるんだもん」
「あはは」

 帰り道、前田くんは聞いた。
「萌ちゃんは……行っちゃうの?」
「うん、彼の答え次第だけど。行ったとしても、すぐにというわけではないよ。もちろん、これからも日本でも仕事はするよ」
「そっか……」
 前田くんは上を見て言った。
「これからも、日本では僕が伴奏をやるからね。どんなときでも優先させるから」
前田くんのその変わらない優しさに心が温かくなった。
「ありがとう!」

 帰ってから再度譜面を修正した。もう何度も穴が開くほど見返した。納得はいっている。よし、きっと、これで大丈夫だ。
 徹は今どうしてるだろうか。辛いのかな。頑張っているのかな。まもなくリーグの優勝が決定する。
 CAサン・フアンはこのところ上位の成績をキープしていて、もしかしたら優勝するのでは?と期待ができる状態だった。徹も頑張っていると思うと、勇気づけられた。
 明日起きた頃には結果が分かるだろう。これで徹もひと段落する。これでゆっくりいろんな話ができる。私は徹の勝利を祈り眠りについた。
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