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七十二候

第67章 草木萌動(そうもくめばえいずる)


 3月。教えていた学校は卒業式を迎えた。これからも教えてください、と卒業生数名と連絡先の交換をした。オンラインレッスンでも大丈夫だと承諾は得た。
 これからもクラリネットを続けてくれるんだと思うと嬉しかった。
 春は別れの季節であり、出会いの季節だ。心がとても忙しい。


 徹の旅立ちの日。私も同じ日に上京することを選んだ。
クラスの友人や岩ちゃん、バレー部と吹奏楽部の同期たちが仙台駅で見送ってくれた。私の両親は、東京まで来てくれると言ってくれたが、断った。一人でちゃんとできるようになりたかった。

「じゃあな~頑張れよ!」「元気で!」
みんなに見送られて私たちは東京行きの新幹線に乗った。18歳の旅立ち。まだ春とはほど遠い寒い日。これから、私たちは夢を叶えにそれぞれ別の道を行く。

 東京駅までの1時間半あまり。これが最後の、当たり前にお互いが傍にいられる時間だった。ただただ黙って手をつないでいた。ふたり寄り添っていた。
 この時間がずっと続けばいいのに。目の前に見えている別れの時間をただただ黙って迎えるしかなかった。
 ついに東京駅に到着した。私は山手線へ。徹は成田空港行きの電車に乗り換えなくてはならなかった。ついに来た別れの時。徹はこれから約2日かけてアルゼンチンのサンフアンへ旅立つ。
 徹の乗る電車のホームで電車を待つ私たち。ようやく徹が口を開いた。
「絶対毎日連絡するから。きっと、辛いことがたくさんある。それでも負けないから」
 私たちは抱きしめ合った。笑ってお別れしたかった。だけど、現実を受け入れるのはやっぱり辛く、泣きそうだった。
「弱音を吐いてもいい。逃げたくなったら逃げて。だから辛くなったら話してね。私もたくさん連絡するから」
「うん。早くまた萌に会えるように頑張るよ」
「私も頑張る」
 ホームにアナウンスが入る。まもなく電車が到着する。いよいよお別れだ。これは乗り越えないといけない、私達の最初の試練。
「また必ず成長して会おう。それまで、バイバイ」
 私は涙をこぼしながらも、一生懸命に笑顔を作って言った。それは徹も同じだった。
「うん。楽しみにしてる。俺も負けないよ」
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