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七十二候

第64章 魚上氷(うおこおりをいずる)


 秋田先生は奥様に先立たれて、今は一人暮らしだ。息子さんはすでに社会人として独り立ちをしているが、たまに秋田先生と食事をしているらしい。
「あ、ではそろそろ失礼しますね」

 玄関先で、秋田先生は言った。
「萌。お前はできる。」
「先生……」
「どこの国だって、萌らしく、ね」
 私らしく……。以前にも鈴川先生に言われた自分らしさ。それが分からずにいた。
「先生、私らしさって何ですか?」
「そのまんまの萌でいいってこと」

 分かったような分からないような。でも、間違ってはいないのかもしれない。つまり、やりたいようにすればいい。クラシックも、タンゴもやればいい。
「ありがとうございます」
 秋田先生の自宅を後にした。空気の冷たさが肌を刺しても、背中を丸めることなく、まっすぐ前を向いて歩いた。
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