第6章 霜止出苗(しもやみてなえいづる)
「ううん。大丈夫。そっか、徹がちゃんと守ってくれてたんだね……ありがとう」
実は最近は徹のことで嫌な気持ちになることはなかった。たまに「及川さんの彼女さんですか?」と知らない女の子に聞かれることはあったけども。
今の平穏は徹のおかげと知り、心が温かくなる。だけど、徹は再びしばらく黙り込んでいた。沈黙のあまり急に周囲の声が聞こえてくる。そして、数秒の緊張の間の中、ようやく徹が口を開いた。
「……女の子たちにはバレーの応援は歓迎するけど、その他の行為ははやめてねって言ってる。俺好きな子いるからって」
「え! いるの!?」
私は瞬時に徹を見上げる。つい声が大きくなってしまった。
「うん……」
徹がなぜかふいっと目をそらした。
「そっか。知ってる子?」
「さぁね~。……あ、萌の先生じゃない? 挨拶行かなくていいの?」
「あ、行ってくる」
私は話を遮られ、ロビーに出てきた先生の元へ急いで向かった。徹の好きな子を聞いたときに話をはぐらかされた気がした。
その後ファミレスでご飯を食べてから帰路につく。その間も、これ以上踏み込んだらいけないのかなと思い、先ほどの話を深堀りできなかった。
「今日はありがとうね。アンサンブルもバレーもひとりひとりに欠かせない役割があるんだなって思った」
私の家の前で徹が改めてお礼を言った。
「私こそありがとう。貴重なオフの日に付き合わせてごめんね」
「ううん、初心に帰った気持ちになったよ。俺頑張るわ」
「ふふ。私こそ負けません。私たち、ライバルだからね」
そう言うと、徹は急に真剣な顔つきになる。なんでそんな顔するの?と思った矢先。
「俺はそんなんじゃない。そんな風に思っているところもあるけど、違う」
急に風がざわっと強く吹いた。私と徹に隔たりを与えるような風。
「……どんなふうに思ってる?」
私は風に押されそうになりつつ、恐る恐る聞いてみる。
「分からない?」と、徹は困った顔で聞く。
「うん……」
私は小さく答えた。何と返答するのが正解なのか分からなかった。
徹の顔を見ることはできなかった。風のせいで髪の毛がボサボサで視界が遮られたからだったのか、気まずくて徹の顔が見られなかったからなのか。
私は本当に鈍感で、意図せず人を傷つける。自分の心の声が聞こえなかった。