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七十二候

第6章 霜止出苗(しもやみてなえいづる)


 いざホールに入ると、ホールの薄暗さで眠そうな徹。あくびを噛み殺している。私はうきうき。徹は眠気を我慢しつつも若干緊張していた。


「あー素晴らしかった!2曲目のやつ、2ndからメロディが入っていって、最後にバスクラが入って響きが倍増してた!はーなんて素敵な音をしてるの……」
「萌って音楽の話になるとほんとよく喋るね」
 徹は長時間座って疲れたのか、背伸びをしていた。
「その、セカンドとかサードっていうのは役割だよね?」
「そうそう。1stは一番高い音だったりメロディラインを吹く役割が多くて。あと全体をリードしていく役割があるの。2nd、3rd……といった順で音域が低くなっていくんだけど、2ndはメロディハモリだったり、3rdは伴奏だったりとそれぞれに役割があるの。曲にもよるけど」
 私は席を立っても熱弁する。
「でも、2曲目みたいに1stじゃないパートがメロディを吹いたり、ベースラインが基本のバスクラリネットがメロディを吹いて、クラリネットが支えるなんてこともあるんだよ」
「へぇ~。バレーのポジションみたいだね」
「うん、まさにそう。役割が回っていくから、メロディも伴奏も、ハモリも全部出来ないとだめ。そしてどのパートも欠けてはだめ……」
 と言いかけて、はっとする。
「最近、部活で低い音域で伴奏を担当している3rdの子がつまらなそうにしているんだ。今度アンサンブルをやって、自分の役割の大切さを知ってもらおうかな」
 顎に手を当て、下を見ながら考えごとをしていたせいか、人にぶつかりそうになったところを徹が腕を引っ張って助けてくれた。
「ほんと、萌は音楽のことになると饒舌」
 徹は優しい笑みを浮かべながら手を離した。
「ご、ごめん……喋りすぎた。」
 私は謝ったと同時に我に返り、周囲を気にし始めた。プロの演奏を聴けて興奮したあまり、忘れていた。徹のファンの子に見られている可能性があることを。
 途端に何かを察した徹が眉をひそめる。そして少し考えてから話し始めた。
「萌、中学のときは嫌な思いさせてごめんね。もうそんな思いはさせないように、酷いことを言ったやつらには釘を刺してきたし、今もちゃんと気をつけているつもりだけど、まだ何か言われたりしてる?」
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