第61章 鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)
「わかる……徹にコンクールに出る目的を改めて聞かれて、音楽は勝ち負けじゃないということを思い出させてもらったよ。昨日は楽しく演奏できたんだよ。一流の管弦楽団と演奏できたんだもの」
「俺は何もしてないよ。ちょっとだけ後押ししただけ」
「ふふ。私も徹みたいなプロになりたいな」
「萌は萌でいいよ、俺みたいなやつが2人いたら、俺、折り合いが悪そう」
「確かに!」と笑い合う私たち。お別れの時間が惜しかった。
「来年日本に帰ったら、絶対プロになるから。そしていろんなことを経験して、将来のこと考えていけたらいいなって思ってる。時間かかるかもしれないけど」
「うん。待ってる。プロになったら萌の演奏また聞かせてね」
その後、受賞者のコンサートや残りのレッスンを終えて、私は日本へ戻った。
これまでのことを思い出しても、私のすべてが徹のおかげだった。
このままでいいのか?私は、音楽を通じて心を動かしたり、喜んでもらったりと、何かを与えられる人になりたいんだろう?
“神がもし、世界でもっとも不幸な人生を私に用意していたとしても、私は運命に立ち向かう”
徹に贈ったが、偉そうなこと言って良かったのか。立ち向かうべきは、私だ。