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七十二候

第61章 鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)


「疲れたでしょ?」
「そうだね、ご飯にしよっか」
 日没後のセーヌ川。ノートルダム大聖堂がライトアップされていた。
「綺麗だねぇ。こんなのゆっくり素敵なものが見られるなんて」
「萌はいろんなところに出かけたでしょ?」
「うん、フランス文化を学ぶためにね。いろんなコンサートにも行ったよ。でも、徹とフランスでこんな時間を過ごせるなんて思わなかった」
「はは、俺も。試合があるなんてめっちゃラッキーだったな」

 私たちはパリの街を一望できるルーフトップバーでフレンチを食べた。オイスターなどの海鮮をアレンジしたものだ。身体のことを考えて、アルコールはやめておいた。
「明日は最終調整日だから、一日頑張る」
「うん、俺このあとは萌のファイナルの日しか空いてなくて……でも、もう大丈夫だね」
「大丈夫だよ。徹のおかげで元気出た。ありがとうね。徹も頑張ってね」
「うん。じゃあ早く帰って休もう」
 この日も徹は私の家に泊まってくれた。そして翌日、ファイナルの会場に徹を招待できるよう頑張ると言って一時、別れた。

 結果、徹の助けのおかげで無事にファイナルへ進み、徹に私の演奏を聴いてもらうことができた。
 ファイナルではモーツァルトの五重奏曲や協奏曲を演奏するために、一流の弦楽四重奏団や管弦楽団と共演をした。それだけでもありがたすぎる経験だった。
 結果は3位だったが入賞を果たした。1位じゃなくても、素直に嬉しかった。徹と掴んだ入賞だった。
「萌! おめでとう!」
「徹のおかげだよ。本当にありがとう!」
 音楽院の仲間も駆けつけてくれた。みんなにお祝いをされて、無事に留学の成果を果たせた実感が湧いてくる。
 この後は受賞者のインタビューや祝賀会などがあり、バタバタとしてしまった。徹に改めてお礼が言えたのは翌日の朝。徹がアルゼンチンに帰る日だ。

「徹。本当にありがとうね。この出来事は一生忘れない。音楽の本質を忘れてコンクールに臨むところだった私を救った徹はヒーローだよ」
「俺も、バレーが楽しいと忘れては思い出すんだよ。どんなに辛くても、ふとしたことで楽しいが来ちゃうんだよね」
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