第61章 鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)
「いい匂い」
徹は私の家の材料で鶏雑炊を作ってくれた。消化にいいものをという配慮や日本食を作ってくれたことが嬉しかった。ほかほかと湯気が立っている。
「おいし……」
生姜が効いていて、優しさを感じた。
「1週間分のおかずもつくりましたよ~」
徹はタッパーいっぱいにいろんなものを作ってくれた。ほうれん草の胡麻和え、生ハムとパプリカのマリネ、ジャガイモとベーコンのオーブン焼き。
「美味しそう! いいお嫁さんになるね、徹」
「なんだよそれ」
「だって、こんなに家事ができるようになっているなんて……アルゼンチンでもちゃんと自炊してるんだね」
「まぁねー。栄養には気をつけているものでね」
本当に感動した。そして本来なら料理を振る舞ってあげたかったのに。徹に感動する一方で自分が情けなかった。
その日の夜、ホテルがあるのにもかかわらず、私の家で一緒に寝てくれた。こんな恋人らしい時間を過ごしたのは高校3年生以来。もはや付き合い立てのように緊張した。
徹の体温を間近に感じる。いつでも手を伸ばせば徹の身体を抱きしめることができる。
恋人なら当たり前にできることを、私たちにもできたことが嬉しかった。
「寂しかったし、心は孤独だった……」
本音を言えたのは徹が近くにいるからだろうか。
翌日、おかげで体調は回復した。お互いの用事を片付け、13時過ぎからデートをすることになった。午前中はレッスンなので楽器を吹かざるを得ないということで、クラリネットを吹くことを許可してもらった。
パリはいろんなところで音楽が聞こえてくる。日常に音楽があった。ストリートミュージシャンが多く、歩いているだけで楽しい。日本では見ることのない、ブラスバンドまでもが広場で演奏を披露していた。
私たちは定番の観光地を見ようと、エッフェル塔や凱旋門、シャンゼリゼ通りを歩く。シャンゼリゼときたら歌いたくなる歌を歌いながら。
その間もたくさんの写真も撮った。エッフェル塔を手に乗せるように見せたり、二人で自撮りもたくさんした。途中でランチをし、グラン・バレやサント・シャペル、ノートルダム大聖堂の美しいステンドグラスを見た。その後私たちはセーヌ川を訪れた。