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七十二候

第59章 款冬華(ふきのはなさく)


「目の前にある山の頂上を登り切ったら、登った先でさらに高い頂上があることを知った。そんな感じだよね」
「ね。そんなことの繰り返しだよ」
「私も同じだよ。バレーは勝ち負けが明確な分残酷だよね。音楽は芸術だし優劣は本来付けられないものだし」
 私の演奏を肯定的に捉えてくれる人だけではない。きっと批判的な人も大勢いる。だけど技術はさておき、音楽性は好みの差であり、優劣ではない。スポーツは勝ち負けという優劣が必ず付いて回る。
 徹はしばらく黙っていたが、ぽつりと言った。
「俺、萌に相応しいかな……」
 私はその言葉に固まってしまった。

「何言ってんの! 私は徹のこと好きなの。それだけじゃダメ? それに、私は徹を尊敬してる。ずっとだよ」
「……俺」
「あ、練習の時間が来ちゃった。続きはまた今度でもいい? 私から電話したいって言っておきながらごめん」
「……わかった」
「とにかく! えーと……この言葉を贈ります。」
「神がもし、世界でもっとも不幸な人生を私に用意していたとしても、私は運命に立ち向かう」
 
「誰かの名言?」
「ベートーヴェンの言葉。この人こそ逆境に立ち向かった人だよ」

「知らべてみてね」と言い残し、名残惜しいが電話を切った。
 徹がようやく私に弱音を語ってくれた。以前もたまにそんなことを言うときもあったけど、今回はちゃんと私と向き合ってくれた気がした。今度こそ私が徹を助ける番だ。
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