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七十二候

第59章 款冬華(ふきのはなさく)


 凍える寒さだった朝。スタジオに向かう途中、老猫を見かけた。もともと白猫であったが汚れのせいで全体がグレーがかっている。毛並みはぼさぼさ。それでも、前だけを見て悠然と歩いていた。その猫と一瞬だけ目が合ったが、すぐに前を向いて自分の道を歩いていった。
「お前は何をしているんだ?」と言われたような気がした。
私はその堂々とした背中をずっと見つめていた。

 徹との将来の答えを出す。分かってはいたけど、プロになって1年も経っていない私には何の決断もできなかったし、今得た環境を守りたいとすら思った。
 徹は私に縛りつけられていて、身動きが取れないのだろうか。私の支えなんて不要なのだろうか。
 徹とは最近はバレーや音楽の話をしなくなり、他愛ない会話しかしていなかったが、そろそろ本心を探りたかった。徹はいつものらりくらりとしているけど、本心は違うことを思っているのではないだろうか。昔から、徹はそういう人だ。

「徹、電話したい」
 カフェに寄るつもりだったため、スタジオにはかなり早く着いていた。今なら電話はできる。
「わかった」とすぐに返信が届いたので、私から電話をかけた。

「徹。お疲れ様。帰って来たところ?」
「おはよ。うん、帰って来たところだよ」
「最近、調子はどう?」
「あー……うん……」
「その……大丈夫……?」
 ずっと、苦しんでなかった?私に遠慮してなかった?聞きたいことはたくさんあった。
「まぁ、苦しいよね。上手くいってないんだ」
「そっか……というかやっぱり……というか……」
「萌はどんどん成長して、努力して、結果を出して……本当にかっこいいし、尊敬するよ。ちょっと眩しいな」
「え……」
 徹は極めて明るい声色だった。やっぱり本性は隠そうとしているのか。
「だから萌に追いつくように頑張ってるんだけどね。なかなか上手くいかないんだよね」
 徹は私のことをそんな風に思っていたのか。私は徹に追いつくように頑張ってきたのに。いつからそんなことを感じていたのだろう。認めて貰えたと思った反面、私は徹が心配だった。
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