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七十二候

第6章 霜止出苗(しもやみてなえいづる)


 風の強い春の日。私はスカートを押さえながら池袋の練習場へ向かう。平日でも池袋は賑わっていて、老若男女問わずたくさんの人が往来していた。みんな買い物へ行くのだろうか。私も百貨店で化粧品が買いたいなと、ふと思った。
 普段ソロばかり吹いていたため、吹奏楽でたくさんの人に合わせる行為が久しぶりだ。
 演奏が不安なため、早めに行って個人練習をしようと張り切って集合の2時間前に練習場に到着した。

 春の嵐は狂暴だと思う。髪の毛はボサボサだし、目も乾く。
 あのときも酷い風が吹いた。


 休み時間、廊下を歩いていたら岩ちゃんに話しかけられた。
「萌、及川を励ましてやってよ」
「岩ちゃん。なんかあったの?」
「ほら、もうすぐインターハイ予選だろ。あいつ絶対影山や牛島のことを意識してるから」
「うーん。私に気の利いたことが言えるか分からないけど」
「大丈夫、あいつ萌の言葉は素直に聞くから。今日部活オフだからさ、萌も忙しいだろうけど、及川のところに行ってやってよ」

 あの時は岩ちゃんの意図がよく分からなかったけど、今となっては徹と私の間を取り持っていたのであろうと感づける。

 教室に戻り、周りの女子の目を確認し、スマホをいじっていた徹に話しかける。今日行こうとしていたところに徹も誘おうとした。
「徹。今日放課後暇?」
「あ、うん。大丈夫」
 めずらしく話かけられたからか、若干驚いている表情の徹。
「なぁに? その驚いた顔」
「え……だってクラスで萌が話しかけるってあんまりないじゃん。だから嬉しいなーって」
 私は素直な気持ちを言葉にする徹に少し面食らってしまった。
「えと……じゃあ、私の先生も出演するアンサンブルコンサート、チケット2枚あるの。付き合ってよ」

 放課後、仙台市の文化ホールへ向かう。開場の時間までホール併設のカフェで時間をつぶしていた。
 私知り合いのクラリネットの先生も出演する、クラリネットアンサンブルコンサート。3重奏から8重奏までクラリネットを堪能できる、とても贅沢で宮城ではなかなかない貴重なコンサートだ。
「俺プロのコンサートって初めてなんだけど」
「あまり馴染みがないよね。でも寝ちゃダメだからね」
「わかってるって」
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