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七十二候

第58章 雉始雊(きじはじめてなく)


 初夢は嫌な夢だった。はっと目が覚めて慌てて起き上がる。遮光カーテンなので陽の光が入らないため時間が分かりにくい。今何時だろう?とスマホを見ると朝5時だった。冷え切った室内なのに、身体は暑かった。
「これは何の暗示なの……」私はささやき声でつぶやいた。

 夢に出たのは徹が帰化する報告を受けたときのこと。あれは大学を卒業したあとのこと。
 私がフランスへ渡る少し前、実家で渡航準備をしていた頃に徹は4年ぶりに日本に帰って来た。仙台駅に迎えに行くよと申し出たが、「先に家族に用があるから、終わったら会いたい」と言われ、それに従うことにした。
 その3日後に徹から会おうと連絡が入る。ずいぶん長い用事があったんだなと思った。何かを嫌な予感はしたが、それが何かは分かっていなかった。
 徹は私の家に来た。両親は家に不在で、家には私ひとりだった。4年経った徹はどんな成長をしているんだろう、と楽しみ半分、ドキドキが半分だった。
「久しぶり」
「徹!」
 玄関で徹に飛びつく。写真では分かりにくかった体格の良さに驚く。
「めっちゃ筋肉ついてる……」
「だろー? 鍛えてるからね。萌は何ていうか、変わらないね」
「わかる。変わってない」
 確かに。メイクやオシャレを楽しむようにはなったけど、髪の毛は染めていないし、身長も体重も変わらず。そこまで私自身に変化はなかった。徹は随分と筋肉がついて、短髪になって男らしくなっていた。高校のときの徹は綺麗で端正な顔立ちという印象で、高校のときでさえ鍛えていた筋肉にドキッとしていたが、もうすっかり男前が完成されていた。
「はい、お土産」と、徹からワインを貰う。
「わぁ、ありがとう!」
 徹を私の部屋に招く。留学準備で部屋がごちゃごちゃしていたけど、物をどかしてラグの上に座ってもらった。
「萌が海外か……。大きくなったな」
「お母ちゃんか」
 なんて冗談を言ってみるものの、徹がよそよそしい。
「家族に用があったって言ってたけど、大丈夫?」
「ああ、そのことなんだけど……」
 徹が私に向き直った。これは只事ではない。何か決断をしたときの顔……。
「俺、アルゼンチンに帰化することにした」

 ――帰化?
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