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七十二候

第57章 水泉動(しみずあたたかをふくむ)


 お正月は食べ過ぎたので、これからは栄養に気を付けつつ節制しよう、と思いつつも黒豆煮は赤ワインによく合うなと新しい発見をしてしまった。
 1月は吹奏楽の公演がないため、若干の余裕があった。実家から持ち帰ってきた母の手作りのおせち料理を食べながら、録画していたお正月の特番を観ていた。お笑い芸人たちは大みそかから寝ずにテレビに出続けてたのかな。すごいなと感心していた。時計を見ると14時半になっていた。
 15時になったら作曲の作業をしようかな。少しずつ形になってきた曲。来月からはまた活動的な日々になる。逆に言うと今しかゆとりある時間を取れなかった。
 新春初売りにも興味があったが、人混みに混ざって洋服を買うよりも、人がいないときにゆっくりと選びたい。しかし、前田くんから連絡が入り、「今から会えない?」と聞かれた。
「お茶くらいなら大丈夫だよ」と、一応午後の時間帯だけなら可能であると返信をした。徹にはお茶だけしてくる、と断りを入れた。向こうはまだ深夜なのでメッセージで起こしてしまわないか心配だったが、既読はつかなかった。
 そして結局、人混みの池袋までやって来た。

「あけましておめでとう。お待たせ!」
「萌ちゃんあけましておめでとう!」
 南池袋の大きな公園にあるおしゃれなカフェまでやって来た。子ども連れと女子のグループが目立つ。同年代のそんな人たちを眺めながら、普通の人はこうやって休日を過ごすのか、とカフェラテを飲みながら思った。
 ひとしきり仕事の話をし終えて、前田くんは言う。
「萌ちゃん子ども好きなの?」
「え? 人並にはね」
「ずっと子どもの方を眺めてたから」
「普通の女の人って、ああやって休日を楽しむんだなーって思って。私も音楽をやっていなかったら……」
 徹とアルゼンチンに渡ったんだろうな。

 ちょっと泣きそうになったのを前田くんは見逃さなかった。
「音楽家は一生音楽を追い求めるんだと思う。僕たちに普通は、無理だ」
 その通り。私たちは休みなんか関係なく、生活の中に音楽が当たり前にあって、それが仕事であって、研鑽を積んで人々に還元していく。
「でもね、萌ちゃん。幸せになる権利は誰にだってある」
「幸せになる権利……」
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