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七十二候

第55章 雪下出麦(ゆきわたりてむぎのびる)


「徹は青城の仲間の前では素でいたでしょ?」
 彼らからは、徹は基本的に小学2年のようなやつだと昔から聞いていた。
「そりゃ萌の前ではかっこつけるべ」
「別にかっこなんかつけなくてもいいのになぁ。」
 私は自分のことを裏表ない人だと自負していた。
「萌よりイニシアティブをとりたいんじゃねぇの?男ってそういうもんだよ。及川はことさら。うんこだけどな」
 岩ちゃんの発言に、「うんこだな」と他の2人も付け足した。
「でも、俺たちだけで話すと、あいつ“萌に呆れられたらどうしよ~”とか、“萌に日本で好きな人ができたらどうしいよ~”とか女々しいことを言ってるよ」
 思わず食べていた肉豆腐を吹き出しそうになる。
「え? 松川くん、そうなの?想像できない……」
「おー、女々しすぎて女々川になってる」
 花巻くんと岩ちゃんが「女々川! 新しいな」と新しいあだ名に笑っていた。
「……徹はアルゼンチンで生きていくだろうからさ、私がどうするかなんだよね。アルゼンチンに行くからとか、帰化するからって、別れを提案されたこともあるけど、嫌だと駄々をこねたのは、私の方なの。ただ、日本でプロになって、どんどん仕事を貰えるようになって。音楽でご飯を食べていくって厳しいことじゃない? 自ら大切な仕事を手放す勇気もないし、アルゼンチンに行ったとしても実力的に通用できる自信がない」
「及川なら、自信の有無とか、今の立ち場とか何も考えずにまっすぐに狼の口の中に飛び込むだろうよ」
 同じく自分を信じてアメリカに渡った岩ちゃんが言う。簡単なことではないけど、このふたりはやってのけたのだ。その言葉には信憑性があった。
「そうだね。それがすごいのよあの人。どれだけ自分を信じられるの……心が強すぎる」

「お」
 花巻くんがスマホを見て言った
「見て。女々川が悔しがってる」と徹とのメッセージ画面を見せてくれたが、すぐにビデオ電話がかかってきた。
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