第54章 麋角解(おおしかのつのおつる)
帰り道、すっかり喉を消耗し、疲れ切った身体のわりにはお酒も入っていたために気分は良かった。
今年はいろんなことがあったけど、無事乗り越えられた。社会人1年目、プロ1年目のわりには頑張ったと思いたい。もちろん運の要素も大きかった。人が紡ぐ縁にも助けられた。
ただ、徹には何かしてあげられたかというと、答えはノーだと思った。
「人に支えてられながら人は大きくなる。そうして得たものを、還元できるようになりなさい」
日本に帰ってきたときに父から言われた言葉だ。この言葉を大切にしてきたつもりだった。私はまだまだ未熟で、支えられてばかりて、人に何かを与えることはできない。
きっと、ずっとそう思いながら生きていくんだろうな。音楽に一生満足することなんかない。それでも、自分にできることをしていきたい。
十月桜にのように、咲くべきタイミングなんかお構いなしに咲かないと、きっと徹の背中には追い付かない。
来年は、来年も、徹も、岩ちゃんも、私もいい年になりますように。