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七十二候

第5章 葭始生(あしはじめてしょうず)


 あの頃の徹は苦しんでいて、いつも飄々としていてお喋りなのに、笑顔が消えて余裕がなかったのは少し怖かったが、岩ちゃんの言葉に救われて以降は憑き物がとれたかのように、徹らしいプレーを取り戻し、個もチームも磨き上げ、ついには宮城県のベストセッター賞を獲得した。

 徹は決して“天才”ではないという。徹自身がそう言っていた。
 徹の得た技術は血のにじむ努力の賜物であり、彼は“秀才”の名が相応しい。だけど徹は県内では技術力のある有名選手であったため、彼のことを良く知らない人たちは、「及川は天才選手だ」と軽々しく言っていたのだろう。

 徹の原動力は天才たちを倒したいという気持ちにある。影山くんのことは意識していないと以前から言い張っていたのにやっぱり今も意識していて、影山くんの出ていたCMまでチェックしているあたり、ちょっとだけ可愛いと思ってしまった。
 今も、徹は遥か遠いアルゼンチンの地でひとり戦っている。コートを制する日が近いのだと私は確信している。
 
 そして、あの時の岩ちゃんの言葉は私にも響いた。
吹奏楽も何十人もの仲間でひとつの音楽を作り上げている。
 分かっているようで、ちゃんと理解していなかったこの言葉にもっと早く気がついていたら、中学校での吹奏楽に対する姿勢はもっと違っていたのかもしれない。頑張り方を仲間たちと考えられたのかもしれない。
 学生時代、吹奏楽コンクールの成績が振るわなかった私は、吹奏楽に未練がある。だからこそ私がプロになって選んだ道は、オーケストラではなく吹奏楽なのだ。
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